キューピッドの日事件 2
作戦変更を余儀なくされ、モニタールームに駆け込んだルルーシュはひどく動揺していて、ヴィレッタはつい物珍しそうに眺めてしまう。
予想外の出来事に弱いということは、行動を共にするようになってわりとすぐに分かった事実だが、ここまで取り乱している姿ははじめて見た。
顔色は白を通り越して青くなっているし、視線は落ち着きなく泳いでいる。普段の尊大な態度からは少しも想像できない。どうしていいのか分からずに両手を胸のまえでさ迷わせている所作など、完全に少女のそれだ。いや、実際にルルーシュは少女であるのだが、日頃の彼女とのギャップが大きすぎた。
「くそ、せっかく姉さんと公認カップルになれると思ってたのに」
「どうしようロロ……」
明からにおかしい発言だというのに、ルルーシュは動揺のあまりうまく言葉を処理できなくなっているらしい。
おそらく、これまでの特殊イベントの度に多数の生徒に追い掛け回された恐怖心を思い出したのだろう。身体が少しばかり震えている。監視のためにヴィレッタも何度かその場に居合わせたのだが、異性同性問わずに大勢の人間がルルーシュを狙って追いかける様は、無関係な第三者から見ても相当怖かった。ロロやシャーリーやリヴァルの助けがなかったら簡単にひん剥かれていたところだろう。
「本当に、どうしよう。開始直後に姉さんと帽子交換する作戦が潰されるなんて……」
「リヴァルなら友達だし、冗談で済ませてくれるとは思うんだが、なにせ会長狙いだからな。最後の機会を俺のせいでふいにしてしまうのは気が引けるし……」
「あの人なら僕も安心なんだけど」
ルルーシュを絶対に恋愛対象と見なさないリヴァルはロロにとって安全圏の男であるらしく、ヴィレッタが感心するくらいに彼には寛容な態度を取っている。とは言っても、ルルーシュに話しかけてもあからさまにムッとした表情を見せないように努力するレベルである。だが今回のイベントはリヴァルの想い人であるミレイの卒業を記念するもの。これが最後のチャンスになるかもしれないのに巻き込んでしまってはかわいそうだと、確かにヴィレッタも思った。
しかし。
(リヴァルに助けてもらうしか、ルルーシュが助かる方法はないんじゃないか?)
案の定、姉と弟による会話は平行線をたどっていた。
「いっそ、咲世子に最初から最後まで逃げ切ってもらうとか」
「だめだ。動きが良すぎてばれてしまう。多少は俺も出なければ」
「でも姉さんではすぐに捕まってしまうよ! いっそエスケープするとか」
「会長の突発イベントは70パーセント俺をからかうために行っていると以前言っていた。今回逃れたところで第2回が開催されるだけだ。それでは意味がない」
「そんな……」
「くそ、スザクがいれば……」
ルルーシュの口から出た名前に、その場の空気が凍った。口元に手を当て思案にくれるルルーシュに、いっせいに3人の視線が注がれる。
「ん? なんだ?」
「ルルーシュさま、なぜそこでスザクさまのお名前を?」
いち早く落ち着きを取り戻した咲世子が、不思議そうに目を丸めているルルーシュに質問をぶつけた。
「俺を売った外道とはいえ、一応建前上やつとは友達だしな。率直に困っていると訴えればたぶん助けてくれるだろうし、冗談で流してくれるだろう」
「そんなわけないじゃない! むしろここぞとばかりに美味しく頂かれるに決まってる!」
「?」
激昂するロロをまえにして、ルルーシュはきょとんと首を傾げるばかり。ヴィレッタは眉間に指を寄せて、小さくため息をつく。教師としてだけでなく、女としてこれは放ってはおけない。
(体育の補習以外にも教えるべきことは山積みだな……)
「スザクはだめなのか……じゃあジノ・ヴァインベルグは?」
「なんでここでそんな選択肢がでてくるの?!」
「ミレイの悪ノリに楽しげに乗ってくるタイプのようだから、冗談で流してくれるんじゃないかと思ってな。好奇心が充たされれば、どうせすぐに学園から去るだろうし」
「姉さんは人を見る目がなさすぎる!」
「じゃあ人波に向かって帽子を放るとか」
「ああ、それは……でも万が一形を保ったままの帽子が誰かの手に渡ったらって考えると……」
「では機密情報局が配置した男性教師などはどうでしょう?」
咲世子の提案に、ルルーシュがぱちんと指を鳴らす。
「そうか、その手があったか!」
「却下です! 姉さんがかけたギアスは僕たちの『イレギュラーを見逃せ』だったでしょ? 今回のことがその命令でカバーできなかったらどうするつもりなの?」
「ロロ、よく考えてみろ。生徒と先生だぞ? 本気で何かが起こるわけないだろう?」
まるで幼子を諭すような口調で断言するルルーシュに、ヴィレッタは頭を抱えた。
色々と自覚がなさすぎる。
ブラックリベリオン以前から仕えていたという咲世子すら、今の発言に微妙に表情を硬くさせたくらいだ。おそらくこれまでも、ルルーシュ本人はそう思わずとも相手が本気になってしまったケースが多々あったのだろう。
「姉さんこそ、自分の言動と外見が他人の目にどう映るかよく考えてみるべきだよ!」
話はいっこうにまとまる気配をみせないが、イベント開始までの時間は刻々と迫っている。このままではいけない。
「ならロロ、誰が相手なら満足なんだ?」
「姉さんに相応しい男なんてこの世にいるわけないでしょう」
いい加減痺れを切らしたヴィレッタだったが、その答えを聞いて口を挟んでしまったことをいたく後悔したのは言うまでもない。