ballast 4
カーテンの隙間から差し込む光に包まれた室内はどこかぼやけて見えた。
何もかもが淡く輝いているみたいだ。柔らかいと表現できるような色を目にしながら起きたことは今まで一度もなかったから、はじめは夢と現実の区別がつかなかった。睡眠に心地よさを感じたのも、寝覚めに気持ちよさを感じたのも、もちろんすべてがはじめての経験。
何だかすぐには起き上がりたくなくて、ぼうっとした頭のまま寝返りをうつ。目の前のあたたかいものがあったから僕は無意識にそれに擦り寄った。大抵僕が使っていない部分のシーツは冷たいままなのに、珍しいこともあるものだとそのときは思った。きっと寝ぼけていたんだろう。
ぼんやりと半分だけ開いた目が淡い色彩を捉えた。なかなか焦点が合わないが、それは視界いっぱいに広がっている。やがて縫い目とボタンがそこにあることに気づいて、僕はぎょっとした。声を上げてしまいそうになるのを必死におさえる。視線を少しずらすと、そこには深く目を閉じたままのルルーシュの顔があった。どうやら寝ている間にお互い向かい合っていたらしい。
あたたかいものの正体がルルーシュだと分かったのに、それでも僕はその場から動けずにいた。せめて密着した身体をどうにかしようと思いつつも、思うだけで行動を起こさず、彼から離れないでいる。
昨日から自覚はあったが、やはりルルーシュといるとどうも調子が狂ってしまう。
接触する時間が短ければ違うのだろうか。でもそれでは本末転倒だ。僕の任務は彼の監視なのに。
もはやすっかり眠りから覚めてしまった目で、とくに意味もなくじっと眼前の寝顔を見つめる。ギアスを発動させたわけではないのに、まるで彼の時間は止まっているかのように動かない。集中しないと呼吸すら聞こえないほど静かだった。昨日はあれだけくるくると表情を変えていた顔も、精巧に作られた人形のようだ。それも僕みたいな出来の悪い機械人形とは違う、作り手に慈しまれて生まれた人形。
(一体どうやって表情筋動かしてるんだろう……)
「………………ロロ?」
「!」
無意識に伸びていた僕の手はルルーシュの頬を撫でていたらしく、名前を呼びかけられた瞬間に思わずその手をさっと引っ込めた。
「……さては俺がなかなか起きないからって、頬を抓る気だったな……?」
「え? いや、そんなつもりは……」
僕の挙動は不審に思われなかったようで、安堵の息を漏らしそうになる。ひとつでも先の手を読もうとするルルーシュの性格は僕にとってはすごくありがたい。
「嘘が下手だなおまえは……まあいいさ。おはよう、ロロ」
彼もまた寝ぼけているのだろうか。そう言うルルーシュの笑みは淡い光に溶けたように柔らかかった。
さっきまでの無表情とのあまりのギャップに虚を衝かれ、僕は言葉を失ってしまう。まごまごしていると、ルルーシュは顔を顰めて僕を嗜めた。
「こら、朝の挨拶は?」
「あ、お……おはよう」
不自然さが漂う挨拶でも彼は満足したのか、笑みを深める。
この人は本当にブラックリベリオンを引き起こした元凶のゼロなのだろうか。上の言うことに間違いはないけど、どうしても疑問を抱いてしまう。それほど目の前にいる兄の姿と、資料で読むゼロの像は重ならない。
右目がつきんと痛んだ気がした。
記憶を改竄されたルルーシュは、ギアスを持たない人間と同じだ。もしも彼が魔女と出会わず、ギアスを与えられなかったらと想像するのは果てしなく無意味なことだけど、せずにはいられない。
(哀れな人だな……)
ギアスさえなければ、記憶を書き換えられることも衆人に監視されることも大事な妹を奪われることもなかったのに。きっと妹と一緒にいられたはずだ。
だけど彼の瞳の下には、今も確かにギアスが眠っている。覆い隠された記憶とともに鳴りを潜めているだけで。
そして、欠けた穴を埋めるように偽りの弟を宛がわれて、魔女をおびき寄せる餌として生かされて。彼は何も知らずに舞台のうえに立たされたクラウンだ。周りで見ている僕らにとっては滑稽以外のなにものでもない。
(だからこんな喜劇、早く終わればいい)
それは彼を哀れんでのことなのか、それに付き合わされている自分を哀れんでのことなのか、このときの僕は考えようともしなかった。