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秘密        / C.C.



彼の絵はここには置かないつもりなのかと訊かれ、C.C.は思わず「彼?」と聞き返した。無視しなかったのは、いつもなら絶対に話しかけてこないはずの、ただの記憶の管理者としてだけ存在する少女からの問いかけに興味が湧いたからだ。
「そう、彼。あなたが以前ここへ送り込んできた少年」
「奴はまだ過去ではない」
「でも過ぎてしまった時間はすべて過去。ひとつも絵がないのはおかしい」
「そうか?」
「そう」
「でも残念ながら奴をここに飾る予定はまったくない」
数えるのも馬鹿らしいくらいに年を重ね続けるC.C.の、気も遠くなるほど膨大な記憶。頭には収まりきらない情報を保管しているこのCの世界には、これまでC.C.が関わってきたもののすべてが絵として存在している。
だがただひとり――ルルーシュだけが、このCの世界に存在しない。
「なぜ」
「私の一部であるおまえがそれを訊くのか?」
C.C.は可笑しさを堪えきれず口元に笑みを浮かべるが、同じ顔の少女は無表情のまま、C.C.の答えを待っている。
「そうだな……ルルーシュは私にとって『生』の象徴だからここに相応しくないから。Cの世界そのものがそう遠くない未来になくなるから。奴と相対した自分の姿を客観視したくないから……――答えはどれだと思う?」
「どれ」
間髪を容れず返ってくる、抑揚のない少女の問い。C.C.は少しだけ考える素振りを見せてから、人差し指を口元にあてて妖艶に微笑んだ。

「答えは秘密だ」


ひとつくらい秘密を残したっていいだろう?


2008.09.19  Yu.Mishima





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彼の身体の感触を      / スザク→ルルーシュ(turn25)


ゼロはこれまで銃器しか手にしたことはない。剣を使うと言い出したスザクに対しルルーシュは否定こそしなかったが、どこか怪訝な顔つきをしていた。それでも剣だと言い張ると、ルルーシュは困ったように笑って了承した。
ナイトメアフレームに乗らず、この手で人の命を奪うのは、あの夏の日以来だ。父親の身体に刃を突き刺した感触は、今でもずっと残っている。だからこそ、ルルーシュを殺すときも、死の感触の残らない銃なんかではなく、剣が良かったのだ。この手に彼の感触を残すために。
それでも――
「……殺したくないなぁ」
思わずそう零すと、お前の信念はそんなに軽いものだったのかと笑われてしまった。自然に互いの腕が背中にまわって、ふたりはそっと抱き締め合った。
悲しいことに、抱き合う感触が腕に残ることはない。


2008.09.28  Yu.Mishima





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おやすみなさい、よいゆめを      / ルルーシュ(turn25)


疲れたな、とは思わなかった。達成感や満足感が胸を占めていて、疲労など少しも感じない。いや、もしかしたら単に身体の感覚がなくなっているだけかもしれない。音も遠い。視界も霞んでいる。ただ、貫かれた傷口だけがじんじんと痛む。そういえば、走馬灯って本当に見るものなんだな。何人かはすでに俺よりも先にいってしまったけど、他のみんなは、この先も笑って暮らしていけるだろうか。大丈夫なはずだ。だって計画は完璧に終わった。俺が計画して、スザクが実行したことに失敗はない。だから明日は見えなくても、笑って眠れる。いつか迎える明日のために、ひとまず眠りに就かなくては。
だから、――。


2008.09.28  Yu.Mishima





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終焉は遠く      / C.C.(turn25)


C.C.に生を選ばせた男は、俺が笑わせてやると言っていたくせに、世界を動かすために勝手に死んでしまった。
うそつき、とC.C.は口のなかで呟く。
彼がこの世にいないのであれば、とてもじゃないが笑って死ねそうにはない。だから生きていく。笑って死ねるまで、生きることを放棄しない。
「それでいいんだろう? ルルーシュ……」
ああ、という彼の声が、頭のなかで静かに響いた。


2008.09.28  Yu.Mishima





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キャント・リーチ      / ナナリー(turn25後)


毎日のように耳に飛び込んでくる、大好きなお兄さまに対する貶め言。私はそれに頷いて、みんなと一緒になって罵詈雑言を紡ぐ。お兄さまのつくった世界を守るため、お兄さまを貶め続ける。

「お兄さま、愛しています」

もう二度とは口に出来ない愛の言葉を、胸の内で唱えながら。


2008.10.03  Yu.Mishima





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コンプレックス      / ニーナ(turn25後)


ふとした瞬間に、世界中にすべてを打ち明けてしまいたくなる。
ひどい言葉は世界中に溢れていて、本当にここは優しい世界なのかと疑ってしまうほど、あなたたちを知った私たちにとっては悲しくて憎らしい。
せめてミレイちゃんとリヴァルには教えてあげたいな。でもこれは善意じゃなくて、単に私に共感してほしいっていう我侭。きっと「約束は守れ」って怒るだろうから、がんばって口を噤むよ。

あなたのしたことは絶対に許さない。この先もずっと。許さない。けど私は、あなたのこと嫌いじゃなかったよ。


2008.10.03  Yu.Mishima





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グラチチュード      / コーネリア(turn25後)


(結局お前がユフィの汚名を雪いだのだな)

ろくに手入れされていない簡素な墓石をそっと撫でると、コーネリアは一輪の花を手向けた。


2008.10.03  Yu.Mishima





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赤い鳥はどこへ消えた?      / C.C.→ルルーシュ(turn25派生)


「本当に行くのか?」
どこか不安を滲ませるC.C.の問いかけに、ルルーシュは意地悪い笑みを返した。
「なんだ、心配か?」
「まさか」
不機嫌な顔で即答されるが、それがポーズだけなのは丸分かりだ。C.C.はすいとルルーシュの背後に移動して、仰々しい衣装のうえからそっとその背中を撫でる。
「何せおまえはコードを所持しているのだから」
まるで羽根のように刻み込まれたそれに気づいたのはいつだったか。シャルルとの最後のやりとりで半ば偶発的に移行されたらしいそれはうまく定着しなかったのか、絶対遵守の力をいまだに使えるという不可思議な状態だ。だが明日、皇帝ルルーシュはゼロに討たれて死ぬ。おそらくそこで初めてコードは機能するのだろう。赤い鳥が背中にある以上、楽に死ぬことは決してない。
「身体が完全に再生するにはどのくらいの時間がかかるんだろうな」
「正確な時間は私にも分からないが、傷が大きければ大きいほど治りが遅いのは正常な人間と同じだ。せいぜい民衆に死体をずたずたにされないよう気をつけろ」
「民衆が決起するタイミングに合わせて車を下げるようジェレミアには伝えてある。もし万が一撤退が間に合わなかったら……そうだな、スザクに俺の首を落とすよう指示しておくか」
「ルルーシュ、枢木にはおまえの身体のこと、本当に教えないつもりか?」
「ああ。俺が不老不死になったなんて知ったらあいつも浮かばれないだろう。スザクは俺を憎んでいるからな」
あいつも報われない男だなというC.C.の呟きにルルーシュからの返事はない。聞こえなかったのか、聞こえないふりをしているだけなのかはC.C.には分からなかった。
「さて、明日の大仕事のまえにもうひとつやるべきことがある」
「……なんだ?」
背後で首を捻るC.C.と向かい合うとルルーシュはその目を見据える。
「おまえのコードを、俺に移行させる」
「!」
滅多に揺らがないC.C.の瞳が動揺でゆらゆらと揺れる。対照的に、ルルーシュの瞳に満ちているのは静寂だ。不意にC.C.が視線から逃れるように顔を逸らした。
「……もしも私が、おまえには渡したくないと言ったらどうする」
それは以前に「恨んでいないのか」と言ったときと同じ響きを持っていた。
「もしも私が、この先もずっと一緒にいたいのだと言ったら、おまえはどうする……」
「……コードの系譜を断ち切り、世界を見守り続けることが、これまでの俺の行いに対する罰だ」
「私には背負わせてくれないんだな」
「おまえはもう十分背負ってきた。ここから先は俺ひとりでいい」
「……寂しがりやのくせに」
「だからこその罰じゃないか? それに俺たちは契約を結んだだろう。おまえのおかげでここまで歩いて来れた。今度は俺がおまえの望みを叶える番だ」
いままでずっと下を向いていたC.C.がゆるゆると顔を上げる。
「おまえが笑って死ねるまで、ずっと一緒にいてやる」
「なにを偉そうに言っているんだ。私のためじゃなくて、ひとりが寂しいだけだろ」
辛辣な言葉に、ルルーシュはその通りかもしれないなと笑みを漏らした。それがC.C.の強がりだと分かっていたからだ。
ルルーシュの手がC.C.の額に触れる。
「……ルルーシュ、この先もおまえをひとりにはさせない。いつか私が死期を迎えてこの世界を去っても、生まれ変わっておまえを見つけてやる」
「そんなことが出来るのか?」
「魔女C.C.を見縊るな」
「せいぜい期待しないで待つことにするよ」
ふたりの口からふっと笑みがこぼれた。ルルーシュがそっと手を下ろすと、額に刻まれていた赤い鳥は消えていて、前髪の隙間から覗くのは白い肌だけだった。


2008.10.04  Yu.Mishima





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花に埋もれる少女      / ナナリー皇帝とゼロ(turn25後)


「花に埋もれていると、あの人に抱き締めてもらっているような、そんな感覚に陥るんです」

あなたにだけ教えますねと前置きをしてから、ナナリーは内緒話をするかのようにこっそりと、傍らに立つゼロに打ち明けた。

フレイヤで消滅してしまったアリエスの離宮の庭園に似せてつくらせた、ごく一部の者しか立ち入ることの出来ない皇帝の庭園。それはナナリーが唯一、皇帝という自分の立場を利用して押し通したわがままだった。
ちょっとした時間の合間に、ナナリーはここを訪れる。そして色鮮やかな花々に身を横たえ、埋もれるのだ。皇帝陛下ともあろう方がと口を酸っぱくして言っていた議会の人間も、お召し物が汚れてしまいますと困惑していた側仕えももはや何も言わなくなった。そもそも彼らはここを訪れることは出来ないし、何を言われたところでナナリーはそれをやめなかった。今日も渋い顔をする異母姉の視線を受けつつもこうして庭園を訪れ、白い花弁の花に身を埋める。

そんな彼女の行動をおおむね容認しているのがゼロだった。諌めはするが、止めはしない。タイミング次第では一緒に庭園に下り立つこともある。ゼロはこの庭園に許可なく立ち入ることの出来る数少ない人物のひとりなのだ。
今も、四肢を投げ出し寝転ぶナナリーの傍らに、何をするでもなくただ立っている。彼女から話しかけない限り、ここでは会話は成立しない。基本的にこの場にいるときのふたりは無口だ。
今日もふと思い立ったナナリーがこれまで胸に秘めていたことを口にしなかったら、終始無言のままだっただろう。

見上げてみると、さっきまで明後日の方向に顔を向けていたゼロが自分のほうを見ていることに気づいた。

「そうなんですか」

ゼロの合成された音声から、感情を読み取ることは難しい。しかし目の見えなかった昔だったら多少は違ったかもしれないとナナリーは思った。視力を取り戻した今、無意識に情報のほとんどを視覚で得てしまうから、他の感覚はみるみる鈍ってしまった。それでもあの時よりはマシなのだろう。視界が開けたあの瞬間など、百パーセント目だけに頼っていた。飛び込んでくるたくさんの情報に翻弄され、ナナリーは一番大事なものを見逃してしまったのだ。その結果が今だ。

もう、自分を包み込む腕はどこにもない。

「変でしょうか?」
「いいえ、ちっとも」

ナナリーは目を閉じた。目蓋の裏に涙を隠すために。

彼女は今日も花に埋もれる。


2008.12.13  Yu.Mishima


2008.09.19-12.13 Yu.Mishima