ある機密情報局員の私見と至言・その後2
「暑いな……」
「暑いね……」
全開の窓から入ってくるのは鬱陶しいセミの合唱。
現在使用されていない部室の掃除で発掘した風鈴を窓辺に吊り下げてみたのだが、涼やかと称される音色を一度も奏でることなく沈黙を保ったままである。
完全なる無風だ。
だというのに、学園敷地内の施設はどこも空調がいかれていた。
クラブハウス内だけならまだしも、敷地内すべてとはこれいかに。
電話で現状を説明するミレイにルルーシュはそう問い質したのだが、詳しいことは彼女にも分からず、とりあえず明日には回復するから今日のところは我慢してくれと宥められて終わった。
あまりの暑さに反論する元気もない。気持ちが昂れば熱もあがるから、しょうがないと納得するほかなかった。ただじっと日が落ちるのを待つだけだ。この際、熱帯夜の可能性は考えないことにする。
耳に当てていた携帯を下ろすと、そばにいた弟が「やっぱりだめ?」と目配せしてきた。電話の内容は大方聞こえていただろうから、目を伏せてそっと首を横に振る。ふたりはため息をぐっとこらえつつ、がくりと肩を落とした。
これからのことを考えるだけで頭が重くなってくる。
寮で暮らしている生徒の大半は涼を求めて街へ飛び出したようだったが、残念なことにルルーシュには敷地から脱出するだけの体力もなかった。クラブハウスから出た途端に太陽光に参って倒れるであろうことは容易に想像がつく。
姉に付き合ってクラブハウス内に留まろうとするロロに、自分のことはいいからどこか冷房のあるところへ行くようにとルルーシュは説得したのだが、普段の従順さはどこへやら、ロロは頑として離れようとはしなかった。
「姉さんがつらい思いしてるときに、ひとりで涼んでなんていられないよ」
その発言にルルーシュは思わず胸が熱くなりかけたが、すんでのところで理性が働き、これ以上の発熱は一応免れた。
その後は涼しさを求めてクラブハウス内を転々と移動していたふたりだったが、結局どこもかしこも暑いという結論に至り、ルルーシュの自室へ戻ってきた。全室同じ状態なら、気兼ねすることのない自分たちの部屋にいるほうがまだマシだと思ったからだ。扉は開けっ放しのまま、窓も全開で風通しをよくし、ふたりして床に突っ伏した。
そしてひとしきり風の訪れを待ってのち、冒頭の台詞である。
いつまで経っても風は吹かないし、フローリングの床にも自分たちの身体の熱が移ってしまって僅かな冷たさは消えてしまった。あまりの暑さに思考はまともに働かないし、目眩まで起きる始末。先ほどから姉弟のあいだで交わす言葉が「暑い」だけになっていることにもふたりは気づいていない。
なんとなくルルーシュが視線を温度計にやると、室温は38度を示していた。もはや温度計が壊れているとしか思えない数字を見て、彼女がまず思ったのは「体温より高いじゃないか」ということだった。
「…………なあ、ロロ」
「……なに? 姉さん……」
「気温が体温よりも高い場合、抱き合うと互いの肌の冷たさが気持ち良いって聞いたことがあるんだが……」
「……ああ、砂漠とかでする人がいるとかいないとか」
寝そべった状態で目を合わせると、ふたりは身体を起こしてにじり寄り、互いの背中に手を回した。
ルルーシュはキャミソールにショートパンツ、ロロはタンクトップにハーフパンツという出で立ちである。身体の大部分が露出しているため、素肌での密着度が高い。普段のふたりであれば抱き合うのに多少は――多少と言っても、ランペルージ姉弟間でのレベルの多少だが――躊躇するであろう格好だというのに、こういう状態に陥っているのはひとえに、暑い、からだ。
特にルルーシュの頭は完全に茹っていた。体温よりも気温のほうが高いという事実から抱き合うという行動に思考が飛ぶほどに、煮えていた。
さしものルルーシュも暑さには完全降伏である。
「…………どうだロロ」
「…………温度差がそんなにないから、」
「やっぱり微妙か……」
「でも何もないよりはマシかな……」
「それもそうか……」
会話が終わると、ふたりはそのままの姿勢で再び床と仲良しになる。もはや「暑い」の言葉も出ないくらい、ふたりは疲弊していた。
2008.07.25 Yu.Mishima