サンド!2



「ゆうべは、お兄さまと一緒に眠ったんです」

庭園の芝生に腰を据え、昨日の嵐はすごかったという話をしていたところ、ルルーシュの妹であるナナリーは至極満足そうににこりと微笑みながらそう言い放った。

それを隣で聞いていたルルーシュと、正面で聞いていたユーフェミアは、突然飛んだ話題にぱちりぱちりと瞬きを繰り返す。

確かに昨日は夜半を過ぎても雨風が窓を打ち叩く音が響くほど、激しい嵐が訪れていた。幼い妹が怯えていないか心配になって様子を見に行こうとしていたところ、その妹本人が侍女を伴ってルルーシュの部屋に泣きべそでやってきたのだった。侍女を下がらせたあと、ルルーシュはナナリーを落ち着かせるために枕元で絵本を読んでいたのだが、気づけばもう朝で、嵐はとっくに過ぎ去っていた。ナナリーが寝入ったら侍女に頼んで部屋へ連れ帰ってもらうつもりだったのだが、ルルーシュ自身もいつの間にか眠り込んでしまったようで。

(ナナリーが眠るまで起きているつもりだったのに……)

眠気に抗えなかったことがみっともなくて、ルルーシュとしては人前で触れてほしくない話題だったのだが、言われてしまったものはしょうがない。それならそれで上手く別の話題へ移行させようと考える。

だがルルーシュの考えは、ユーフェミアの一言によって阻まれた。

「ずるい」

「え?」

思わぬ義妹の言葉に、ルルーシュは間の抜けた声を上げる。

「ナナリーだけずるいわ、私もルルーシュと一緒に眠りたい」

膨れっ面のユーフェミアにじとりと睨まれる。
困ったことになったなとルルーシュは思った。穏やかで優しい面立ちの義妹は、これでいてなかなかに頑固な性格をしている。ここで対応を間違えると後々まで響くのは目に見えていた。

「ナナリーと僕は兄妹だから、」
「あら、私もルルーシュの妹だわ。兄妹なら良いと言うんだったら、私だって一緒に寝てもいいはずよ」

あっさり切り返され、ルルーシュは頭を抱える。そのうえ更なる爆弾が此度投下された。

「ユフィお姉さまはだめです!」

自分の右腕にがっしとしがみ付いて主張するのは実妹のナナリーである。しかしルルーシュが幼さゆえの独占欲に少しだけ感動を覚えたのも束の間、その場にユーフェミアがいることを思い出す。

以前にも何度か、ナナリーとユーフェミアは喧嘩をしたことがあった。内容はそのときによってまちまちだが、お茶の席でどっちがルルーシュの隣に座るかであったり、将来どっちがルルーシュと結婚するかであったりと、ルルーシュは大体においてその喧嘩の原因となっている。そして大抵の場合双方に答えを迫られて、どっちを選ぶことも出来ずに泣きを見る羽目になるのだ。

だって、ナナリーもユーフェミアも大事な妹である。どちらか一方を選ぶことで残る一方が傷つくならば、たとえ優柔不断と言われようと選択などしたくはない。

だがしかし、毎度毎度妹ふたりの勢いに完全に押されてしまっているのも確かなことで。

(……)

喧嘩の口火が切られたいま、ルルーシュはこの場から逃げ出したい衝動に駆られるが、ナナリーの両腕がそれを許さない。

「どうして? 私だってルルーシュの妹よ!」
「違います! ユフィお姉さまはコーネリアお姉さまの妹です! ルルーシュお兄さまの妹は私だけなんです!」
「そんなのおかしいわ! ルルーシュはナナリーのものじゃないのよ!」

普段のふたりからは考えられない剣幕で言い合っているのを、ルルーシュはただ黙って見ていることしか出来ない。下手に口を出したら火に油をそそぐだけだ。
しかし自由な左腕をユーフェミアに掴まれたことで、唯一の対抗策すら封じられる結果に終わった。

「ねえルルーシュ、一度くらい良いでしょう?!」
「だめです! お兄さま、頷かないでください!」

右腕をナナリーが、左腕をユーフェミアが力いっぱい引っ張るものだから、ルルーシュは返事をする余裕などない。だが妹たちも必死なものだから、ルルーシュが痛みに呻いている様子が目に入らない。

「ルルーシュ!」
「お兄さま!」

今日こそは自分を選んでもらうのだと意気込む妹たちの予想以上の力に、目元が涙で滲む。そのとき、思いがけない方向から助け舟が出された。

「何をやっているんだ? おまえたち」

「コーネリアお姉さま!」

ふたりは声を揃えてその人物の名前を呼ぶと、それまで掴んでいた腕をあっさり放す。やっと拘束を解かれたルルーシュは、妹たちの視線が完全にコーネリアに向けられていることを確認すると、こっそり息を整えた。

「一体何があったというんだ? 説明しなさい、ユフィ、ナナリー」

ナナリーとユーフェミアはコーネリアに促されて、事の顛末をしどろもどろになりながらも説明した。各々の主観で語られた内容でも、簡単に察しがついたようで、コーネリアは納得するとともに複雑そうな表情を浮かべる。

「ユフィもナナリーも、そんなことでルルーシュを困らせてどうする」
「だって……」

呆れたような姉の口調に、妹ふたりは目に涙を浮かべた。

「ほら、まずはふたりとも仲直りの握手だ」

泣きそうな表情のまま、ナナリーとユーフェミアは「ごめんなさい」と言って手を握り合う。それを傍で見ていたルルーシュは安堵の息をもらした。

「立派なレディになりたいなら、夜はひとりで眠れなくてはだめだ。それにユフィもナナリーも、そんなにルルーシュと一緒に寝たいんだったら今ここで昼寝をすればいい。ふたりが仲良くするのだったら、ルルーシュだって断りはしないさ、な?」

その言葉を聞いて、ふたりの涙は引っ込んだ。「そうですね、そうしましょう!」と歓声をあげて、芝のうえにごろんと寝転ぶ。

もちろん間にルルーシュを挟んで。

(姉上、ありがとうございました)

ぱくぱくと口だけを動かして礼を言うと、コーネリアも深い笑みを湛えながら声に出さずに(礼には及ばん)と返した。


2008.06.01  Yu.Mishima