サンド!1



あまり明るいとは言えないゼロの私室で資料を読み漁っていたルルーシュは欠伸をかみ殺しつつ目元を手でこすった。どうやら疲れが目から来てしまったようで、頭がひどく重い。同時に軽い眠気も襲ってきた。これ以上無理をしても意味がないと判断し、備え付けられた簡易ベッドで仮眠を取ろうとすると、チーズくんを抱えたCCがなぜかついてくる。
認めたくはないが既に彼女の存在に馴染んでしまっているルルーシュは突っかかることなく、彼女のためにスペースをあけようとするが、それに待ったをかけた人物がいた。

「ちょっと、なんでC.C.が兄さんの横で寝ようとするの?」

機情に身を置いていた少年、ロロである。
これまでルルーシュの読み終わった資料を整理していたのだが、それをぞんざいにテーブルのうえに放ると、ソファから勢いよく立ち上がる。

確かに一般的に見てこの状況はおかしいと判断したルルーシュは咄嗟にフォローを入れようとするが、そのまえに、静かに事を収めたいのならば絶対に喋らせてはならない人物が口を開いていた。

「こいつと暮らしていた間はいつも一緒に寝ていたからな、当然の流れだ。なにも気にすることはない」

ひらひらと右手を振る仕草は見方によればあっちへ行けというポーズにも似ている。C.C.も眠たいからだろうか、声の調子は普段に増して尊大だ。
この言い方では角が立つとルルーシュは思ったがまたしても口を挟む前に、今度はロロが口を開いてしまう。

「だからってこれからもそうする必要なんてないでしょう? 今だって、兄さんに付き合って眠ろうとすることはない。おかしいよ」

「たまたまこいつと私のタイミングが合っただけの話だ。おかしいかどうかというおまえの判断はいらん。それにこの部屋のベッドはこれだけだ」

「そこにソファがある。そこで寝ればいい」

「嫌だ。それにその場合は女にベッドを譲るべきだぞ」

「ここはゼロの部屋なんだから、あなたが遠慮するべきだ」

「正直にルルーシュと私が一緒に寝るのが気に食わないと言ったらどうだ?」

「言って退くなら言うけど」

「それは保証できないな」

人の言葉尻をとらえて話の主導権を強引に握るのはルルーシュの常套手段であるが、それが通用するのはおのれが話しの受け手として立っている場合である。自分抜きで激しい言葉の応酬を繰り広げるC.C.とロロに隙はまったく見られない。行き場のない手はむなしく空中をさまようばかり。そのうえルルーシュは疲れていた。だからこそ簡易ベッドの上にいるのだ。ふたりの会話に割り込む元気など元からなかった。

(…………………)

結果、彼は諦めて枕に頭をうずめた。この場を治めることなど出来ないと悟ったのだ。

するとそれに気づいたC.C.も無理やりルルーシュの隣に寝そべる。偽りの弟の短い悲鳴が聞こえてきた気がしたが、もはや瞼を開ける気力すらない。意識はまだ一応はっきりとあるのだが、身体はそれに反してすでに眠りの世界に飛び立っていってしまったようだ。とにかく身体が重い。

そして意識も夢のなかへ旅立ちそうになったそのとき。

(………………ん?)

なぜか物理的な重みがルルーシュの身体に加わった。気のせいでも疲れのせいでもなく、腕に重みがある。

(――なぜ?)

ルルーシュは瞬発力を発揮して瞼を押し開けて、重いみのあるほうへ顔を向けた。するとそこには先ほどまでC.C.と言い争っていたロロの姿がある。

(なっ……!)

驚きのあまり身体を引くと、今度は隣で寝転がっていたC.C.にぶつかった。「私がベッドから落ちるだろう、もっとそっちへいけ」と言いながら背中を背中で押してくる。内心慌てふためきながらもルルーシュは言葉通りに身体をずりずりと動かした。それ以外に取るべき行動が思い浮かばなかったのだ。

困惑しながらもベッドの真ん中あたりまでくると、ロロが正面から身体を寄せてきた。拗ねたような表情を浮かべて「僕だって、一緒に寝てもいいでしょう? 兄さん」と言うロロの縋るような瞳にルルーシュは思わずたじろぐ。

いやなにも、こんな狭いベッドでなくても、と思うが、眠気で思考がままならない。そのうえ背後にいるC.C.が背中を押し付けてくるものだから、身動きひとつ取れない。溜まった疲れはなけなしの体力をルルーシュから奪っているため、起き上がることは到底無理な話だ。

そうなるともう、このまま大人しくふたりに挟まれて眠るほか道はなかった。

(……仕方ない……)

諦めて寝の体勢に入ると、ロロは嬉しそうに懐にもぐりこんでくる。

寝苦しい気がするだとか、でも疲れを取るという目的の軽い睡眠だから別にいいかとか、いやだけどこれでは逆に疲れが溜まるのではないかとか、ごちゃごちゃと思考が頭のなかでざわめくが、それも次第に静かになってゆく。

眠りに落ちる寸前にルルーシュが思ったのは、この場にカレンや神楽耶がいなくて良かったということだった。
これ以上の騒ぎになったら、さすがに眠ることは叶わないだろうと。


2008.05.27  Yu.Mishima