月に叢雲 花に風



(邪魔……)

ロロは苛立つ心を抑えられず、柔和な顔つきに似つかわしくない鋭い目つきで向かいにいる3人を睨む。左から順に、アーニャ、ルルーシュ、ジノが並んで座っていた。それも必要以上にべったりとくっついて。

(ふたりして何でわざわざ兄さんのほうへ椅子を寄せる!)

ルルーシュが少しでも嫌がる素振りを見せたら両隣のふたりを殺してやるのにと歯の根を鳴らす。だがどんなに腹を立てても殺気は滲ませない。少しでも殺意を抱いたらふたりに警戒されてしまうからだ。折角兄がラウンズふたりの猛攻になんとか耐えているのに、自分のせいですべてが水の泡になってしまったら――考えるだに怖ろしい。

(兄さんの負担にだけは絶対になりたくない)

ひたすらにその思いでロロは必死に堪えてきた。だがもはや臨界点ぎりぎりである。

なにせルルーシュが中華連邦から帰って来てからこっち、転入してきたラウンズのふたりに己の定位置を奪われっぱなしなのだ。ジノもアーニャも、何かにつけてルルーシュの傍へ寄って行っては、そのまま隣を占領してしまう。年若いとはいえラウンズに名を連ねているふたりの男女に挟まれた当のルルーシュはというと、うんざりとした顔をしつつもちゃんと相手をするものだから、ロロの怒りはおさまらない。

なにしろ、約一週間ぶりに兄と顔を合わせたのだ。話したいことはたくさんあるし、話はなくとも傍に居たい。

作戦の都合上、兄と会えない日はこれまでにも何度かあったが、それが長きに及ぶのははじめてのことだった。もちろん、ルルーシュが記憶改竄を受けていた間は常に監視下にあったわけだから、こんなにも離れていたことなど当然なかった。

だというのに、自分が居ることを許された位置に別の人間が居座っているこの状況。

許せるはずがない。

苛立ちは瞬時にあっさりと沸点を超える。

強敵であるはずのラウンズふたりに挟まれてげっそりとしているルルーシュもそれに気づいたのか、そっと目配せをしてきた。

(兄さん……)

ルルーシュの意識が少しでも自分のほうへ向くだけで、ロロは穏やかさを取り戻す。だがそれはやはり表面的なものだけだ。兄の視界に他人が入っている限り、真実凪いだ心を得られることはない。
実際、ジノがルルーシュの腕に少し触れただけで、簡単に怒りはぶり返してしまった。

(あああ、兄さんに触るな!)

声を荒げて間に割って入りたいところを、ロロは何とか我慢する。思わず少しだけ浮いた腰も、周りに悟られぬようにそっと再び椅子に落ち着けた。強張った表情はどうしようもなかったが、幸いなことにみんなに気づかれることは無かった。ルルーシュにしか目がいっていないジノとアーニャは言わずもがな、ミレイ、シャーリー、リヴァルといった生徒会の面々も転入生と副会長のほうに気を取られているからだ。ルルーシュもルルーシュで、生徒会が所持している写真のデータを前にびしりとその身体を固まらせていた。突然様子が変わった兄にロロは心配から声を掛けようとするが、ひょいと画面をのぞきこんだジノが口を開くほうが先だった。

「先輩、この写真は?」
「……………………」
「先輩?」

だんまりを決め込むルルーシュにジノは再度呼びかけるが、返事はない。だがそのかわり、それまで黙ってやりとりを見ていたミレイがその質問に答える。

「それは去年やった男女逆転祭りのときの写真よ。ちなみにそのそっぽ向いてる黒髪ロングの子は女子の制服を着た我らが副会長殿!」
「ええ!」
「会長!」

驚きと歓声が入り混じったような叫び声と、怒声が響いたのは同時のこと。それにミレイやリヴァルの笑い声が重なり、生徒会室は一時騒然となる。余計なことをと顔を顰めるルルーシュと同じように、ロロも内心舌打ちした。これ以上自分の兄に関心を抱いて欲しくないのに、これではさらに興味を持たれてしまう。案の定、アッシュフォードの裏クイーンと冠されたルルーシュの素晴らしい女装っぷりにラウンズふたりは食いついた。

「先輩、俺この写真欲しい!」
「ジノだけなんて、ずるい。私も欲しい」
「……………………」
「それなら転入記念に、希少価値の高い正面からのショットをふたりに進ぜよう!」
聞き入れられるはずのない要求にルルーシュは口を噤むが、抵抗もむなしくミレイの口から快諾の言葉が飛び出てしまう。
「そんな、顔が写っていたものは全部処分したはず……!」
「残念でした! 私がデータを一ヶ所にまとめて置いておくようなことすると思う?」
「くっ……!」

ロロの苛々ゲージは勢いよくつり上がってゆく。ここで口を挟まないのは、一言でも言葉を発してしまえば最後、これまで積もりに積もったストレスが爆発して大惨事を引き起こすであろうことが目に見えたから。
膝のうえに置いた拳がぎりぎりと音をたてて軋む。

(みんな、邪魔)

放課後、部活の時間が過ぎ、クラブハウスからみんなが去ってしまえば、その先のルルーシュの時間のほとんどをロロが独占できる。とは言っても、ルルーシュは大抵パソコンに画面に向かっていたり、こっそり学園を抜け出してはこの先の作戦の下準備に余念がない。
だがロロは同じ空間に居られるだけで十分だし、ルルーシュが出掛ける際には、真意はどうあれ必ず自分も誘ってくれる。だから太陽が姿を隠している夜の間は、あたたかい気持ちで心は充たされる。

さらにルルーシュが中華連邦から一時帰還してからは、離れていたときの寂しさを埋め、日中の鬱憤を晴らすように普段以上に傍に寄り添っている。その時間はロロにとってとても満足なものだ。だが、それだけでは全然足りないというのも確かな事実。

ひとたび朝が訪れてしまえば、たくさんの人間が兄の視界に意識に割って入る。
そのうえルルーシュが不在の際、影武者である咲世子が他人に良い顔をするものだから、最近彼に群がる学生がどんと増えてしまった。昼休みに放課後はもちろんのこと、授業と授業の間の短い休み時間でさえ、ルルーシュの周りには人が溢れかえっている。

ルルーシュが誰かに声をかけるたび、ルルーシュが誰かに声をかけられるたび、ロロはその誰かを排除したい衝動にかられる。
ルルーシュにとって「その他大勢」でしかない一般学生に対してそれなのだから、今現在のロロの心情は推して知るべし。

(邪魔、邪魔、邪魔、みんな邪魔! この場から兄さんと僕以外の人間全員消えればいいのに!)

芽生えてしまった独占欲は、とどまることを知らない。


2008.06.26  Yu.Mishima