fight windmills



ピィーっと反響する笛の音。それを耳にしたスザクは手足を動かすのを止め、水面から顔をあげた。
『休憩に入ります。これより10分間、プールに入らないでください』
1時間毎に必ずある10分休憩。監視員の女性が拡声器でお決まりの文句を言っているのを聞きながら、スザクは少しばかり不満げにプールからあがった。(本当にもう1時間経ったのかな、ついさっき休憩したばっかな気がする)だが壁に掛かっている時計を見てみると確かに1時間が経過していた。
水中の感覚に慣れきった身体はプールからあがった途端に重みを増したみたいだ。疲れたわけではないが自然とため息が口からこぼれる。
水泳帽とゴーグルを取ってあたりを見渡してみる。サウナにも、いくつか並んだベンチにも目当ての姿はなかった。
どこにいるんだろうと思っていたら、見慣れた黒髪がジャグジーのところでゆったりと揺れていた。どうやらとっくにプールからあがっていたらしい。スザクはムッと口を尖らせて足早にジャグジーに向かうと、勢いよく足を突っ込んだ。

「なんだ、スザクか」
「なんだじゃないでしょ」

気持ち良さそうにジャグジーに浸かっているルルーシュはこのままここで眠ってしまうのではないかという具合で、スザクはむっつりと顔をしかめた。ルルーシュの隣に座り込んでだらしなく足を投げ出すと、ずるずると肩まで浸かってしまう。すると脚の下にもぐりこんだたくさんの泡がスザクの足を水面に押し上げた。肘だけはなんとか腰掛けのところについているが、首から下は完全に浮かんでいる。肘も首も痛く微妙につらい体勢になったため急いで座りなおした。が、その間もルルーシュはうっとりと目を閉じていてスザクを気にかける様子など微塵もない。ううーと低く唸ってみても、屋内プールには色んな音で溢れて反響しているためそのくらいの音量ではルルーシュの耳に届かないようだった。

まったくの無反応ぶりにスザクの怒りのゲージが瞬時にマックスまで到達した。

「……せっかくプールに来たのに全然一緒に泳げてない」

聞こえるようにと発した声は、不機嫌丸出し。

「は?」
さすがのルルーシュも目を開けてスザクのほうへ顔を向けた。

「ルルーシュ、ジャグジーとサウナ入ってばっかだし」
「何を言う。合計で3時間は泳いだぞ」

十分だろうとばかりのルルーシュにスザクは食って掛かった。

「それでも『一緒に』じゃないよ。僕は一緒に泳ぎたいんだ!」

「無茶を言うな」
呆れたような調子のルルーシュにスザクはまたううーと唸る。
ふたりの泳ぎはフォームからペースまでまったく違うものだった。スザクは競泳選手ばりのスピードでクロールからバタフライまでばりばり泳ぐのだが、それに対してルルーシュはかなりゆっくりゆったり延々と平泳ぎ。隣り合ったレーンで泳いでいても、これでは一緒に泳いだ感じはしない。

「ルルーシュ、もっと速く泳ごうと思えば泳げるくせに、なんであんなにゆっくりなの」
「今日は運動するためにここに来たからだろ」

確かに長く泳ぐには平泳ぎはちょうど良いし、身体を動かすのが目的なら身体すべてを伸ばしきって泳ぐのが良いことはスザクにも分かる。分かるが、納得できるかどうかは別だ。
「それにいくら速くと言っても、俺がスザクのスピードについていけるはずがない。そんなに『一緒に』と言うならおまえがゆっくり泳ぐんだな」
スザクも最初はそう思ってペースを合わせていたのだが、気づけば普段通りの速さで泳いでいるのだ。無理だということを知っていてわざわざそんな提案をしてくるルルーシュにスザクはまたしても唸った。
「まったく……十分一緒に泳いでるじゃないか。何が不満なんだ」
ルルーシュはすっかり呆れた様子で大きくため息をついている。

(ただ一緒に泳ぎたいだけなのになんで伝わらないかなあ……)

ルルーシュという人間は確かにそこにいるのに、まるで空想上の敵を相手にひとり相撲を取っているような感覚だ。いつまで経っても平行線のままでラインが交わる気配など微塵もない。

(このままじゃ、ストレートに好きだって言ってもスルーされそうな気がする)

一体どうしたらいいんだ。
スザクはずるずるとジャグジーのなかに沈んだ。


2009.06.14  Yu.Mishima