結婚しようよ。



「姉さん、僕思ったんだけど」

「ちょっと待った。話をする前に俺の上から退いてくれ、ロロ」

どうしてこんな状況になっているんだろうと首を傾げつつ、ルルーシュは偽りの弟に自分の腹の上から退くよう促す。

これからの作戦の一部について明かしていた最中だったはずなのだが、ルルーシュがロロの脇を通り抜けようとした際に足を引っ掛けられてベッドに寝転ばされたところまでは覚えている。だが次の瞬間には既に現在と同じ体勢――仰向けになった身体のうえにロロが乗っかっているという、まったくもって理解不能な状態になっていた。混乱しているとはいえ、その間の動作を全然覚えていないなんて不自然である。おそらくギアスを使われたのだろうと推測する。

だが頭を回転させている間も、ルルーシュは混乱の極地に立っていた。

ロロのことを実の弟だと思わされていたときはもちろんのことながらスキンシップは多かった。それも、友人に「ちょっとばかし異常」と言われるほど。記憶を取り戻してからも周りを欺くためとはいえ、過剰と言えるスキンシップを続けてきた。

(けど、ちょっとこれは……)

姉弟の関係でこの体勢はまずいんじゃないだろうかと、さすがにルルーシュでも首を捻る。

なにせ字にしてしまえば、ベッドで仰向けになっている18歳の女性の腹に16歳の少年が跨っているという、なんとも危ない状況である。一体なにがどうなってそんな状況に、と問われてもルルーシュにはうまい言い訳が思いつかない。

学園地下にあるモニタールームはもはや用を成していないから誰かに見られる可能性は極めて低いことだけが救いだ。だがそれでも突然誰ぞが部屋を訪れてくる可能性はいなめない。

(こんなところ、人に見られてたまるか!)

なんとか起き上がろうとルルーシュは力を入れるが、少年はびくともしなかった。ロロはどう贔屓目に見ても細身だし、同年代の平均体重からすれば軽いほうだ。だがいくらルルーシュが身体をよじっても拘束から抜け出すことは出来ない。両足でがっちりと胴を押さえ込まれているため、必死に足をばたつかせたところでそれは無駄な足掻きだ。そもそも基礎体力からしてロロよりもずっと劣っているのだから、力で勝負して勝てるはずもないのだが、よほど混乱しているのかそういうことまで頭が回らなかった。

焦るあまり両手で身体を押しのけようとするが、逆にその手を掴まれてしまい、ルルーシュはひいっと息を呑んだ。

これでは手も足も出ない。

たとえ両手両足が自由になったとしてもロロに勝てる見込みは限りなくゼロに近いのだが、実際に動きを封じられてしまうとそれだけで緊張感も増すというものだ。色事に疎いルルーシュはこの先の展開がまったく予想できないのだが、本能が危険だと伝えてきた。

「――っロロ、落ち着け、こんな体勢じゃまともに話もできないだろう?」
「僕は落ち着いてるよ。姉さんこそ脈拍上がってるけど、大丈夫?」

誰のせいで、と思わず口に出しそうになる。だが憤りに身を任せて我を忘れるという事態は避けたいため、なんとかルルーシュは平常心を保とうと必死に息を整える。

「ねえ姉さん」

しかしそんな姉の様子を見ていたロロが再び話を切り出してくるものだから、ルルーシュの呼吸はあっけなく乱れた。

「ちょっ……ロロ! 話ならいくらでも聞いてやるから、ひとまず俺のうえから退くんだ!」
「お願いだから、このままで聞いて」

滅多に見ない表情の消えた顔を見て、ルルーシュは言葉を呑む。温度を感じさせない瞳はどこまでも真っ直ぐだった。

「姉さんにとってのきょうだいはナナリーだけで、僕のことはどうしたって弟だと認められない気持ちは、これでも一応分かるつもりだよ」

「……たとえ血の繋がりはなくても、おまえも俺の家族だって思っているよ、ロロ」

偽りの弟を陥落させるための甘い口説き文句ではなく、それはルルーシュの本心である。1年の生活で自分に絆されてしまった弟に、彼ほどではないにせよ彼女もまた心を溶かしていた。

姉の言葉を受けて、ロロは困ったように眉を下げて微笑んだ。

「でも、やっぱり僕がきょうだいだって、認めたくない気持ちもあるでしょう?」

そんなことないとは断言出来なかった。生い立ちや育ってきた環境のせいか、自分にとっての本当のきょうだいはナナリーだけだと意固地になってしまうところがある。それは動かしようのない事実だった。
だけどロロのことを家族だと思う気持ちがあるのも事実である。彼を弟だと思いたい気持ちと、彼を弟だと思いたくない気持ち。ルルーシュはずっとこの葛藤に悩んでいるのだ。

だからすぐには答えられなくて、ぐっと詰まってしまう。

それでもなぜかロロの表情は曇ることはない。むしろどこか吹っ切れたような笑みを浮かべていて、内心(あれ?)と首を傾げた。

「でね、姉さん。僕思いついたんだ、異性同士が家族になる方法」

直感的にその言葉の先が読めて、ルルーシュはぎくっと身体を強張らせた。対照的にロロは少し顔を綻ばせつつも、あくまで淡々と話を続ける。

「結婚したら、他人でも家族になれるよね?」

(やっぱり…………!)

結婚の二文字に、悲鳴が頭のなかで響き渡る。

「きょうだいが無理なら、夫婦はどう?」

自分のほうへ身体を傾けてこられて、反射的に首をすくめて逃げを打つ。だが背後がベッドなわけだから、当然それ以上逃げられるわけもない。徐々に迫ってくるロロに対し、ルルーシュに残された道は顔を背けることぐらいだ。精一杯の抵抗。だがそれでもロロは構わずに上体を傾け続け、ついにはふたりの頭が触れた。

耳に唇を寄せられ、ルルーシュの口から短い悲鳴が漏れる。

「姉さん、結婚しようよ」

囁かれた瞬間、彼女は意識を失った。












* * *





そうです、姉さん悩んでいるようだったので、ちょっと背中を押してあげようかと……。追い詰めすぎ? でもあのくらい追い込まないと、姉さん腹括ってくれないじゃないですか。他に良い方法があるのなら教えてくれませんか、ヴィレッタ先生。……ほら、やっぱりこれが最短で最適でしょう。これで姉さんも僕のこと弟だって心から認めてくれると思いますよ。


2008.06.08  Yu.Mishima