寝覚めのための子守唄
朝日が昇ると僕は、ベッドのうえで眠り続ける兄のために歌をうたう。
それはいつだったか二人で観たテレビ番組で偶然流れた歌。僕はタイトルも知らなかったけど、兄は懐かしそうに「昔よく、眠れないとぐずるおまえを寝かしつけるために歌ったな」と目を細めていた、やさしい音色の子守唄。
たぶん、覚えやすい音だった、というだけの理由ではない。実際にその歌を聴いていたのであろう彼の妹を羨ましく思ったからかもしれない。メロディーはこうして僕の頭のなかに残った。
本来なら今歌うべきなのは、子どもを寝付かせるための子守唄ではない。僕が毎日歌うのは、彼を目覚めさせたいからなのだから。
彼は僕を庇って負傷した。
以前処刑場で行われたような、自身への被害を最小限にとどめた彼シナリオの茶番劇とは違う。僕を狙って放たれた銃弾から、生身の彼がその身を挺して庇ったのだ。おそらく反射的に動いてしまったんだろう。先のことを考えていたなら、こんな結果にはならなかったはずだ。
だって彼が本来こうやって全身で守るべきは、妹のナナリーただひとり。
なのに、兄は僕を守ることでその背に銃弾を受け、それ以来眠り続けている。
「ねえ兄さん、いつになったら目を開けてくれるの?」
ベッドの脇に膝を下ろして、何の反応も示さない彼の左手を両手で挟み込んだ。あたたかい、生きている人間の体温がここにはある。けど決して、以前のように握り返してはくれない。
「兄さん、僕なんかよりずっと寝起き良いくせに。もう今10時過ぎだ。早く起きてよ、そうでなきゃ、」
力のない左手を握り締めたまま、重たい頭をベッドに横たえる。
「僕がこうして起きている意味がないじゃない」
そしてふたたび子守唄を歌い始めた。とても短い歌だから、全部歌いきるのに3分もかからない。だから僕自身が満足するまで、何回も繰り返し歌い続ける。
するとそのとき、何の反応もないはずの彼の白い左手がぴくりと動いた。
「兄さん!」
兄さんに言いたいことがたくさんあるんだ。まずごめんなさいと言いたい。ありがとうと言いたい。大好きだということを伝えたい。
「兄さん……!」
でも閉じられた瞼が開く気配はやっぱりなくて、思わぬ反応に期待した僕の身体からふっと力が抜けた。
今日もやっぱり、起きてくれないんだろうか。
それでも、兄さんは生きているんだ。生きているのなら、目覚めのときは必ず訪れる。それが明日のことなのか、何ヶ月も先のことなのか、分からないけど。そのときまで僕は、あなたが懐かしがっていたこの歌を歌い続けるよ。
次にあなたが目覚めるときには、きっと僕たちは本当の兄弟になれる。
2008.05.04 Yu.Mishima