弟はハロウィンも通常運転でした
既視感。
一度も経験したことがないのに、かつて経験したことがあるように感じることと辞書には載っている。
現在ルルーシュは強烈な既視感に襲われていた。いや、既視感という言葉は語弊があるかもしれない。なにせ実際に過去に経験しているのだから。ただしルルーシュはその時の記憶を意識的に消し去ってしまっているので彼女自身にその覚えはない。だから彼女の視点で語るとするなら、やはりそれは既視感と言えるのかもしれない。
「ねえ姉さん、ものは相談なんだけど」
「ロロ、その前にちょっといいかな。この体勢は話し合うには不適切だと思うんだが、とりあえずここから退いてみようか」
ベッドに仰向けになったルルーシュの腹の上に、血の繋がらない弟が跨っている。
字面だけでも十分に危険なかおりがする状況である。それに加えてルルーシュは現在、中東の踊り子の衣装を身に纏っていた。胸元も腹も脚も露出していて、美しい肌が惜しげもなく晒されているのだ。ルルーシュからすると、今現在の格好は服を着ているというよりもむしろ下着を着ているようなもので、布地の薄さも相まって大変心許ない。特に下半身なんて、二枚の布を腰元の飾りで繋げているだけなので、一応スカートとは言われているものの、前後の布の合わせ目から太ももは丸出しで下手すると下着まで見えてしまいかねない状態だ。
そんなルルーシュにロロは馬乗りになっている。
誰がどう見ても完全に「アウト」だろうこれは。
「ロロ、まずは退こう。話はそれからだ」
血が繋がっていないとは言え、ふたりはれっきとした姉弟である。スキンシップもそれなりに多い。だが姉弟でもこれはだめだ。というか血が繋がっていないから尚更だめだ。
(いやいや繋がっていてもいなくてもこの体勢は……!)
冷や汗だか脂汗だか分からないがじわじわ汗が滲んでくる。
「明日のハロウィンの企画なんだけどさ」
腹の上から退くどころか話し始めたロロに、ルルーシュは口元を引き攣らせた。姉の言葉には従順な弟だが、こういう時ばかりは頑として聞き入れない。こうして話し始めた今、言いたいことを言い終えるまで腹の上から退くことはないのだろう。ルルーシュは脱出の機を窺いながらも諦めて話を聞くことにした。
「……ハロウィンの企画がどうしたんだ」
「姉さん、明日は仮病使って休まない?」
学生寮に住んでいる生徒を対象に、明日の夜ハロウィンパーティーが行われる。パーティーと言っても、クラブハウスの各部室を生徒たちが回って「トリック・オア・トリート」を行う簡単なものだ。各部室にはそれぞれのクラブの代表が待機しており、部屋を訪れた生徒たちに生徒会が用意したお菓子を配る。ちなみに生徒会のメンバーは会長命令で全員参加であり、現在使用されていない部室にひとりずつ待機することになっている。そのうえ迎える側も仮装することが決められてしまった。
「仮装ってだけなら僕もまだ許せるよ。でもその格好はないんじゃない?」
アリかナシかで言えば、ナシ。
ルルーシュもそう思っているのでそこは弟の意見に即座に同意した。だが仮病で休もうという提案には首を横に振る。そもそもルルーシュは生徒会副会長という立場上、生徒会主催の催しに参加しないわけにはいかないのである。それに会長の企みに素直に付き合うほうが利口だ。たとえばここで「こんな衣装着ていられません!」と抗ったとする。するとおそらく会長は今よりももっときわどい衣装を用意するか、あの忌まわしい「小学生の日」の時のようなルルーシュにとって屈辱的な格好を強要してくるに決まっている。
そういった最悪の事態を回避するための、これは妥協だ。「水着で授業」よりも、露出度的な意味でも拘束される時間的な意味でもマシではないかと自分を誤魔化しているのだ。
「姉さん、一緒にボイコットしようよ」
こんなところで弟の甘言に惑わされてはいけないのである。
「いいや、それは駄目だ」
「ラウンズの連中も参加するんだよ? それも持て成す側じゃなくて持て成される側で」
セブンがいないだけマシだけど。そう言うロロの表情は不機嫌そうに歪んでいる。寮生でもないんだから少しは自重しろと顔に出ていた。
「何かあったらどうするの?」
「それはそうだが……、でもボイコットは駄目だ」
ルルーシュの頑なな態度に、ロロが「む」と顔を顰めた。
「可愛い弟のお願い、きいてくれないんだ」
お願い、だなんて可愛いものなのだろうか。脅迫の間違いではないか。あらためて現在の状況(腹のうえに弟が馬乗り)を思い出したルルーシュの顔から血の気が引く。格好が格好だし、力では絶対に勝てないことは明らかだ。
何か事を起こされでもしたら、まず間違いなくルルーシュは負ける。言っても分からないなら身体に、なんて展開に持ち込まれでもしたら確実に頂かれてしまう。さすがにそれはないと思いたいが、嫌な予感しかしなかった。
(……し、しんだ……)
この状況を回避する上手い手が思い浮かばない。それどころか焦るあまり何も考えられない。自分からアクションを起こすことが出来ないので、相手の出方を見てから動くしかなかった。
するとロロの手がルルーシュの露出した腹に触れた。
「!」
まったく予想していなかったわけでもないくせに、大袈裟に身体が跳ねてしまう。
「こんな風にお腹出して、薄暗い部屋にひとりっきりとか……」
ないよね、とロロは重いため息をつく。腹をぐっと押され、ルルーシュの口から間抜けな悲鳴が零れた。
「姉さんは強情だから、実力行使に出るよ」
その言葉にルルーシュの口元がひくりと引き攣る。
「自業自得だよ姉さん。恨むなら僕じゃなくて自分の意地っ張りなところを恨んでね」
天使のような笑顔でにこりと微笑まれた。が、その笑顔はそこはかとなく黒い。というか暗い。光源がロロの陰になっているために彼の顔に影が落ちているのがなんとも象徴的だとルルーシュはちょっとした現実逃避をする。
だがすぐに現実に引き戻されてしまった。
頬に唇を寄せられてルルーシュはびくっと身体を竦める。頬にキスを送る行為はなにも特別なことではなく、普段からしていることだ。
(だけどこれは駄目だ! なんか駄目だ!)
声なき悲鳴が喉の奥からほとばしる。
そんなルルーシュの反応を見たロロの笑顔はますます深くなった。初めて見る表情。弟じゃない、男の顔だ。
そう思った瞬間。
パーンとルルーシュの頭は爆発した。
翌日のことだ。
熱を出して寝込んでしまったルルーシュの代わりに、変装した咲世子がルルーシュとして参加することとなった。あんな体勢で迫られなかったら「咲世子代打案」もすぐに思いついたはずなのに、とルルーシュは涙で枕を濡らしたが、すべて後の祭りである。
2010.11.30 Yu.Mishima