家族劇場 * ランペルージ家
揺りかごのなかで眠り続ける赤ん坊を、暇さえあればひたすら見続ける。この行動はここ数ヶ月でロロの習慣となっていた。生まれたときには真っ赤でちんくしゃな、人間であることすら少し疑ってしまうような顔をしていたが、その赤子も今は天使と形容できる愛らしい寝顔を披露している。
ぷくぷく丸い手に自分の指を一本差し入れる。すると短い指で反射的にきゅっと握り締めてきた。思わず「わあ」と感嘆の声を上げると、真向かいでその様子を見ていたルルーシュの口元が緩んだ。
特異な少年時代を送ってきたロロは、他人との繋がりが希薄だったためか、自分の息子の一挙手一投足すべてが新鮮に映る。それを聞いたルルーシュは「男親なんて大概がそんなものだ」と苦笑いしていたが、たぶん物珍しいからだけではないとロロは思った。
ルルーシュとおのれの目に見えない筈の不確かな繋がりが、こうして形を持ち、息をし、動いている。ルルーシュと自分の子ども。だからこその感動なのだ。
だが感動してばかりもいられない。
ロロにとって育児は未知の体験だった。嚮団には幼い子どもも居たが、世話をすることもなかったし、それよりももっと手のかかる赤子は見たこともなかった。ルルーシュの妊娠期間中に一緒に勉強はしたが、育児の勝手はいまだによく分からない。泣かれてしまったらアウトだった。風呂にいれることも、おむつを替えることも、飲み物を与えることもできる。だが息子がなぜ泣くのか、それがロロにはまったく分からないのである。
いまだ学生の身であるロロは、収入のすべてをルルーシュに頼っている状態である。それならせめて育児の手伝いをと思っているのだが、あまり成果はあげられていなかった。
「ぅ、ああーん!」
今まで穏やかに寝息を立てていたはずの赤ん坊が不意に泣き出し、ロロは狼狽えて目の前の人物に助けを求めた。
「な、なんで突然泣き出したの?」
おなかが空いたのだろうか、それともおむつの交換?
「たぶんただぐずっているだけだな」
そう言ってルルーシュは息子を抱き上げてあやし始めた。微笑を浮かべながら子どもの名前を呼ぶ。耳を塞ぎたくなるくらいだった泣き声は次第に小さくなり、少しすると再び寝息が聞こえ始めた。さっきまでの喧騒が嘘のようである。
「姉さんの力になりたいって思ってるんだけどな……いいかげん僕挫けそうだよ」
「こら、ロロ。呼び方戻ってる」
「あ」
うっかり「姉さん」と呼んでしまい、口を手で押さえる。
「こういうのは経験の差だ。子どもと接している時間の長い親のほうが理解が早いのは当然だ。おまえもそのうち慣れるさ。それに今のままでも十分助かってるよ」
「そう?」
「ああ、この子を風呂に入れるのは私にはできない」
「湯を張った桶のなかに頭落っことして泣かせてたもんね」
「違うぞロロ! あれは……!」
「証拠の映像もばっちりあるから言い訳は通用しないよ」
「俺は言い訳なんてしない!」
「そっちも一人称、戻ってる」
「!」
さっきのロロと同じように、ルルーシュは口元を手で覆った。
ヒートアップした会話で息子が目を覚ましていないだろうかという懸念もこの行動の理由に含まれているのだが、幸いなことに腕のなかの赤ん坊はぐっすりと眠り込んでいる。
ほっと息をつくと、ふたりは顔を見合わせて疲れたように力なく笑った。
「目下のところ、いちばん重要なのは私の一人称と、ロロの私に対する呼び方だということに今更だが気づいたよ……」
「子どもが生まれたからってすぐ直せる類のものじゃないよねこればかりは……」
「――子どもにはのびのび育って欲しくても、両親が無理をしていたのでは綻びがでる。俺たちが窮屈になっていては、それこそ子どもにどう影響するか分からない……こんなところでどうだ?」
「うん、大義名分は立ったと思う」
育児の壁に突き当たっている状況は変わらないままだが、少しばかり肩の荷が下りたような気がするロロだった。
2008.08.03 Yu.Mishima (2012.01.12再掲載)