家族劇場 * 枢木家
あたたかな掛け布団にくるまれて微睡んでいたルルーシュは、ベッドのきしむ音を耳にしてゆっくりと覚醒した。寝そべったまま背中のほうに顔だけ向けると、風呂からあがったらしい夫の姿がぼんやりと見える。
「すまない先に横になって……」
寝惚けつつもそれだけ言うと、再び眠りの世界へ飛び立ちそうになる。まだ3歳とはいえ、息子の体力は父親に似たのかすばらしいもので、子どもの満足がいくまで相手をするとルルーシュは必ず夜には潰れてしまうのだ。身体が持たないのである。家事は基本的にすべてルルーシュがひとりでこなしているのだが、こういうときは夫であるスザクにも手伝ってもらっていて、今日も風呂終わりの掃除を頼んでいた。
スザクも仕事で疲れているのにと、先に眠ってしまうのも憚られて、ベッドのうえで読書をしながら待っていたのだが、やはりというか当然の成り行きというか、結局眠気に抗えずサイドボードの明かりを消したのは何分前のことだったか。
「……おやすみ、スザク……」
ルルーシュはかろうじて就寝の挨拶を口にすると、そのまま寝息を立て始める。だが残念なことに、彼女の心地よい睡眠はそう長くは続かなかった。
「……――んん、重い……?」
なんで?
睫毛を震わせながらそっと目を開けてみると、なぜか自分の腹のうえに圧し掛かるスザクの姿がぼうっと浮かんで見えた。視界がぼやけてよく分からないが、口元が笑っているようだ。一体何なんだとルルーシュは薄めで睨みつけた。寝惚けているために理解に時間を要する。現状を把握しようとしつつもそのまま目を閉じてしまいそうなルルーシュの耳にスザクは口を寄せると、「いい?」と一言囁いた。
数年前ならいざ知らず、子どもひとり儲けた現在のルルーシュはその一言がどういう意味なのか理解している。そして理解しているうえで、「無理」と返すと、重たいまぶたを閉じてしまった。なにせ眠気の限界だ。ここでスザクに付き合っていたら明日一日使い物にならないのは確実。
だがスザクは引き下がらず事に及ぼうとする。
ルルーシュは目を閉じたまま手で拒否の意を示すが、最近は一緒に眠りに就くことすら稀になってしまっている現状で、夫が据え膳を逃すわけがないということにまで頭が回らない。眠ってしまえばスザクもそのうち諦めるだろうと、ルルーシュの頭脳は眠気のために楽観的な結論を弾き出す。
「ルルーシュ、起きて」
しかし舌先で覚醒を促されて、徐々に無意識の海から無理やり引き上げられてしまう。反応してしまったら最後、スザクの満足いくまで付き合わされるに違いない。この時点でルルーシュは完全に目が覚めていたが、波が去るのを必死に待つ。
だが深いキスを施された状態で鼻を抓まれてしまい、ルルーシュの抵抗はあっさり終わりを告げた。
「……っ、スザク!」
「ひどいじゃないかルルーシュ、無視するなんて」
「ひどいのはどっちだ! 俺の安寧な睡眠を妨げておいて!」
「最後にしたのいつか覚えてる? もう二週間も前になるんだよ」
「それがどうした、俺は眠いんだもう寝る邪魔をするな」
そう言って自分の腹の上に跨っているスザクを押しのけようとするが、普段ですら敵わないのに夢うつつの状態にあるルルーシュがいくら力を使おうともびくともしない。
「ルルーシュ、潔く諦めなよ」
「いやだ、俺は眠りたいんだ」
「終わったらそのあとでゆっくり眠っていいから」
「いやだ! そこをどけ!」
最初は小声で交わされていたやり取りだったが、おのれの主張を通すのに必死で、ふたりとも自分の声の大きさにまったく気づいていない。そして間抜けなことに、扉を隔てた向こうから聞こえてくる小さな足音にも気づいていなかった。
「ああー!!」
突然聞こえてきた自分たちのものではない叫び声に、ふたりが驚いてドアのほうへ振り向くと、9時にはすでに眠っていたはずの息子が呆然と立っていた。
出し抜けの乱入にルルーシュもスザクもびっくりしたために、咄嗟に言葉に詰まってしまう。だがその一瞬がまずかった。
「お母さんをいじめるな!」
涙目になりながら息子がベッドに向かって突進してきたのだ。
お母さんに馬乗りになっているお父さんの図は、子どもからしたら虐めの構図にしか見えない。ふたりは急いで体勢を正すがもう遅かった。
「お父さんのばかー!」
ぎゃあぎゃあと泣き喚く息子をスザクはたやすく抱え上げるが、癇癪玉を爆発させた子どもは身体をよじって抵抗するためてこずっている。
「虐めてなんてないよー」
「大丈夫だから、ほら」
「……ほんとう?」
「本当」
そう言ってルルーシュがにっこり微笑めば、一応は納得したのか「うん」と頷いた。だが小さな手は不安げに母親のパジャマの裾を握っている。それに気づいたルルーシュはこれ幸いとばかりに一緒に寝ようかと提案した。
パッと晴れた息子の顔に反して、その背後にいる夫の顔は不平不満でいっぱいである。
「いいだろう? スザク」
「…………ああ」
了承しつつも、目が据わっている。だがルルーシュは明日の自分の身の心配は明日することにして、息子と一緒にいそいそと布団に包まるのだった。
2008.08.03 Yu.Mishima (2012.01.12再掲載)