家族劇場 * 苗字のない家族
口喧嘩のような両親の会話は、大抵母親の一言が口火となる。
「……なんだ、今日もピザがないじゃないか」
夕餉が並ぶ食卓を見て、C.C.は率直に不満をぶつけた。栄養バランスを考えて作られたメニューにはピザのピの字もない。
「文句を言うなら食うな。それにおまえ、昼にしっかり食べていたじゃないか。朝食抜きで昼晩ピザなんて偏食、俺が許すと思うか?」
夕食を作った張本人、ルルーシュはエプロンを畳みながら喧嘩腰で答える。そして揃って席についた。
「他人の許しなんて請う必要があるのか?」
「同じ空間で過ごす者としては、見るに堪えない姿になられては困るな」
「これまで体型維持は完璧だった。崩れることなどないに決まっているだろう」
「どうだかな。カレンから聞いたが、一時期下半身が危なかったらしいじゃないか」
一見険悪に見えるやり取りだが、ふたりの表情はどちらかと言えば笑顔に近い。食事まえの夫婦の応酬は習慣のようなもので、だからこそ傍で聞いている者としてはうんざりしてしまう。なにせ使用している言葉は多少違えど、同じような内容の会話をほぼ毎晩繰り返しているのだ。
「父さんも母さんもいい加減にしてください」
ルルーシュ・C.C.夫妻のひとり息子はついうっかり口を挟んでしまって一瞬後悔したが、どうせならこの機会にとばかりにこれまで言えずにいたことをぶちまけた。
「母さんの身体のことが心配だって素直に言えばいいのに、なんで父さんはわざわざ憎まれ口をたたくんですか? 母さんも、父さんの手料理好きなくせに毎度文句を言うのやめてください。付き合い始めのカップルじゃあるまいし。両親のそういうやり取り、目の前で見ている息子としては非常に居た堪れない」
発言中きょとんと目を丸くしていたルルーシュとC.C.は、ばつが悪そうに顔を背ける。的を射た息子の指摘にお互い顔を合わせられないのだろう。
だが5歳の息子に指摘されたことに対してではなく、明らかに自分の本心を相手にバラされてしまったことに対して、ふたりは羞恥の念にかられている。
だからそういうところが、とか、あんたたち一体何歳になると思ってるんだ、と言ってしまいたい衝動をどうにか抑え、気まずそうな両親を尻目に息子はひとり食事を始めるのだった。
2008.08.03 Yu.Mishima (2012.01.12再掲載)