家族劇場 * 紅月家



先日新調したばかりのカーテンに、鋏で切られた無残な跡を見つけ、カレンは頭を隠したちっちゃな犯人に向かって地を這うような声で呼びかけた。すかさず揺りかごの影から「僕じゃないもん!」という答えが返ってくる。
状況から、カーテンを切り刻んだ犯人は彼女と夫の長男でしかありえない。なにせ揺りかごのなかで眠っている長女はまだ寝返りすらひとりで打てないのだ。そのうえ息子が鋏を持っているところをカレンは目撃していた。

「ちょっとこっちへいらっしゃい?」

有無を言わさず強い口調で促すと、頭をうつむかせた息子がおずおずと揺りかごの影から姿を現した。

「どうしてこんなことしたの?」

頭ごなしに叱ってはいけないと思いつつも、つい語気が荒くなってしまう。すると息子の目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。

「違うもん、僕じゃないもん」
「じゃあ誰がやったのかしら」

そう言うと息子は無言で揺りかごを指差す。
思わず呆れてため息が出てしまう。カレンは反射的に息子の小さな身体を持ち上げると、力加減はしつつも勢いよく目の前の尻を叩いた。悲鳴があがっても気にとめず、2発3発と叩き込む。長男はカレンに似て身体が丈夫なため遠慮がない。5発目を叩き込んでようやくカレンは手を離した。わっと大きな泣き声が上がる。

「お母さんは僕ばっかり怒る! あいつのことはぶたないくせに!」
「妹と比べてどうするの! それにいけないことしたのはあんたでしょう!」
「お父さんにだって、僕みたいに叩かないじゃんか!」
「それは……っ!」

あんたにだって手加減はしてるわよ、とか、私が本気でルルーシュを叩いたら入院確実じゃない、とか、ルルーシュ相手だとつい手に力が入らなくなるのよね、好きな人相手だと無意識に力を抜いちゃうのかしら、などの考えが頭のなかを駆け巡る。どれも息子に返す答えとしてはふさわしくない。と言うか、誰にも言えるわけないじゃない!

だがうっかり言いよどんだその一瞬が答えだと察知した息子は、「やっぱりお母さん、僕のこと嫌いなんだ! 僕だってお母さんなんて嫌いだー!」と叫んでこの場から走り去ってしまった。

長女を出産して3ヶ月。そろそろ育児休暇も終えて職場に復帰しようか迷っていたカレンだったが、今週中に復帰しようと心を決めた。いやむしろ今すぐにでも復帰したい。
育児休暇中、何度自分の息子と衝突したか知れない。そのたびにルルーシュに助けを求めては息子との関係を修復してきたのだが、あいにく頼みの綱は外出中である。

「ああ、もうどうしよう……! ルルーシュー!」

こんなことになるのなら、たまには外でゆっくりしてきなさいよとルルーシュを送り出さなければ良かったと思うが、すべては後の祭。


2008.08.03 Yu.Mishima (2012.01.12再掲載)