夢のはなし
夢って都合が良いなとスザクは思った。どんな突飛な展開でも「これは夢だから」っていう意識が必ずどこかにあって、疑問を覚えることもなければ抵抗を感じることもない。整合性がなかろうと辻褄が合わなかろうと関係ない。都合が悪ければ強制的に目覚めることも可能だという安心感もあるから、割となんでも素直に受け入れられる。
そう。目の前に死んだ人間が立っていようと、「これは夢だから」の一言で済む。
「ルルーシュ……」
そこには懐かしい学生服を着たルルーシュがいた。
当然、彼の外見は死んだあのときと同じ十代の姿のままだ。あれから数年の時が流れてスザクは二十代になり、顔つきも身体つきも変化したというのに、彼はなにひとつ変わらない。
はじめてスザクの夢に現れたルルーシュは、忌々しいくらいにその死を見せつける。
「スザク」
自分の名前を呼んで微笑むルルーシュを見て、カッとなった。悲しかったのか苛立たしかったのかスザクには分からない。ただ爆発した感情をスザクは思う存分ぶちまけた。
「なんで、なんで君はみんな置き去りにしてひとりでいっちゃったんだ! 残された人間がどれだけ悲しい思いをするか知らないはずないだろう! それなのに君は、なんで! なんで!――……なんで、僕を置いて、いったんだ……」
自然と涙が溢れてくる。だけどこれはスザクの夢なのだから、恥なんて感じない。涙に濡れた目で恨めしそうにルルーシュを睨む。
するとルルーシュは心底不思議そうな顔をして首をかしげた。
「だってみんな俺のことが嫌いだろう?」
「えっ……?」
冷や水を浴びせられた気がした。思わず呆気に取られて言葉を失う。
嫌い?
なぜ?
なぜそんな単語が彼の口から出てくるのだろう。驚きで涙が引っ込んでしまう。夢だから突然話の内容が飛んだのだろうか。だってスザクには理解できない。いや違う、理解できないのではない。理解したくなかったのだ。
だが困惑するスザクをよそに、ルルーシュはひとり話し続けた。
「ああ、リヴァルやミレイに何も言わなかったのは申し訳ないと思う。計画の乗ってくれたロイドたちは納得してくれていたが、あのふたりには最後まで話せなかったからな。最後まで俺のこと、友達だと言ってくれていたのに。
だけど他のみんなは違うだろう? みんな俺のことが嫌いだった。置いていかれたなんて誰も思っちゃいないよ。おまえだって、俺はユフィを殺した仇だ。ずっと憎くて殺したいほど嫌いだっただろう。俺が死んでみんな清々したはずだ。置き去りにされたなんて言葉は合わない。
むしろ置いていかれたのは俺のほうだった。俺を受け入れてくれたユフィもシャーリーもロロも、もうそこには居なかったんだから」
スザクは愕然とした。止まっていたはずの涙が再び溢れてくる。
「……どうしたスザク? なんでおまえが泣くんだ?」
「…………」
黙り込んだままスザクはルルーシュを抱き締めた。戸惑っていることが身体越しに伝わってくる。自分のことを嫌ってる人間がなんでこんな行動に出るのかと疑問に思っているのだろう。
だけどそうじゃないのだ。ルルーシュは思い違いをしている。
スザクは頭のなかでかぶりを振った。
(違う、違うよルルーシュ。憎かったし、殺したいとも思った。絶対に許さないと思った。現に最後まで君に許すとは言わなかった。けど嫌いになんてならなかった。嫌いだなんて一度も思わなかった。嘘じゃない、本当だよ)
だけど好意を伝えたことも、一度もなかった。
彼が最期を迎えるあの瞬間まで、時間はたっぷりあったというのに。なんであのときにもっとちゃんと話しておかなかったのだろう。置いてかれたと言って、今彼に向かって嘆いてみせても意味がない。
一緒にいれたあのときに、ひとりで勝手に逝くなと憤ればよかった。
君に置いていかれるのは悲しいと泣けばよかった。
好きだとはっきり言えばよかった。
「スザク? 大丈夫か?」
「ごめん、ごめんね……」
(僕も、みんなも、君のことが好きなんだよ。大好きなんだよ)
今さら。もうすべて今さらだ。遅い。夢のなかでこんなことを言っても、もうルルーシュには届かないのだから。言ったところでただ自分を満足させるだけで生前のルルーシュの寂しさを癒すことなんて出来やしない。
スザクはなにも言わず、夢のなかのルルーシュを抱き締め続けた。
2009.01.29 Yu.Mishima