Commedia Romantica 番外編



Act.2の某場面に至るまでの経緯






折原臨也は心が狭い。

正確には独占欲が非常に強く、それゆえ帝人の事に関して異様に心が狭くなる。「人ラブ!」と博愛を謳っておきながら、帝人の周りにいる人間には誰彼なく敵意を向けるのだ。友人だろうと同性だろうと関係ない。キャッチセールスが声を掛けてきたり、通りすがりの人が道を尋ねてきただけで機嫌を悪くするのだから、その独占欲たるや相当なものである。

大いに矛盾しているような気がするのだが、臨也からしてみれば人間への愛情と帝人への好意は矛盾せずに両立しているらしい。

まあその話は今はさておくとして、帝人と大して関わりを持っていない人間にすらそんな調子なのだから、相手が友人や知人となると臨也は尚更の事ふくれる。犬猿の仲である平和島静雄は言わずもがな、帝人の幼馴染であり親友でもある正臣も目の敵にされていた。
二年前、正臣がリーダーを務めていた黄巾賊と、当時抗争を繰り広げていたブルースクウェアの両チームは臨也によって共倒れさせられているのだが、「こんな事なら徹底的に潰しておけばよかった……」と真顔で不穏な発言をする程である。
正臣には三ヶ島沙樹という彼女がいるにも関わらず、この敵愾心の燃やし様。もし正臣と沙樹が付き合っていなかったらと思うとぞっとする。
そんな訳で、帝人が正臣と遊ぼうとすると臨也は必ずと言っていい程妨害する。
付き合う以前からそうだったのだから、彼氏というポジションにおさまった臨也がふたりの邪魔をしない筈がなかった。



***




帝人の携帯が電話の着信を告げる音を鳴らした瞬間、臨也はむすっと顔を顰めた。
帝人とふたりでいる時に携帯が鳴るのが臨也は心底不愉快らしい。電源を切ってほしいと言われた事もあるが、家や学校からの緊急連絡があっては困るので無視している。とは言え、着信音が鳴る度に不機嫌になられては鬱陶しくてしょうがない。そのうえそれが電話だった場合、臨也はさらに不満を募らせる。帝人が電話に出ようものなら最悪だ。電話を切るやいなや帝人は臨也に抱擁される。これは、うっかり臨也と付き合う事になったが為に生じた弊害その一である。付き合っていなかった頃は無関係な人間に八つ当たりをしていたらしい。八つ当たりで済むなら是非そうして頂きたいところだ。無関係な人間を巻き込むのは最低だが、そのくらい帝人にとって苦痛だった。臨也の言う充電タイムは帝人からすれば拷問タイム。もういっそ楽になりたいと思うレベルでべたべたとくっつかれる。
だから緊急性のなさそうな電話であれば、なるべく電話に出ずにその後折り返し連絡するようにしている。
ただし、相手が正臣となると別だ。正臣からの着信があっただけで臨也は不機嫌さマックスになる。帝人が電話に出ようと出まいと最終的な結果は変わらない。だったら電話に出たほうが得ではないか。帝人は損得を考えて正臣からの電話を毎回取るのだが、それが余計に臨也を苛立たせている事を彼女は知らない。

「――え? 課題? うちで?」

正面にいる臨也の目つきが段々と鋭くなってゆく。これは完全に拷問フルコースが待っているのではなかろうか。

「え、あ、うん……うーん……」

悩む帝人に、臨也はぱくぱくと口を動かして何かを訴えている。読唇術の心得はないが、おそらく『だめ』と言っているのだろう。

(確かに僕が正臣の課題に付き合う必要はないけど……)

もしも正臣の頼みを断ったら、ここまでの我儘だったら通るのだと臨也が勘違いしたりしないだろうか。

そうなってしまえば今後互いの家を行き来する事も出来なくなってしまう――。

「いいよ」
臨也の反応が怖いなと思いつつも帝人は頷いた。

電話を切れば「ふーん……」という臨也の冷たい声。

「紀田くん来るんだ?」

課題をするだけだというのに、まるで不貞を責めるかのような口ぶりである。これは拙い。帝人は慌てて返事をしようとするが、口を開くよりも先に臨也に抱き込まれてしまい、頭の中が真っ白になる。

今日こそ本当に食われてしまうのではないかと恐れ戦いていたら、意外にも臨也は「別にいいよ」と言って許した。

「ただし俺も同席するから。それで帝人くんの座る場所はここね」

臨也が指差すのは自分の足の間。つまり帝人が現在座っている場所である。

「えッ!? 嫌ですよ!」
「大人しくここに座るのと、紀田くんの目の前で強姦されちゃうのとどっちが良い?」
「…………ッッ」
「ああ、あとそれくらいじゃ俺の腹の虫がおさまらないから、キス一回で手を打とう」
「いいよとか言っておいて臨也さん全然妥協してないじゃないですか!」

キスは手を出した内には含まれないと決まったとはいえ、この一週間臨也が帝人の唇に口づける事は一度もなかった。その分頬や額にされたり首を齧られる事はあったが、唇だけは許してくれていた。

「嫌ですやめてください!」
硬直した身体で抵抗するのは不可能な為、帝人は悲鳴をあげて臨也に応じない姿勢を見せる。
だが――

「あんまり聞分けが悪いようなら舌いれるけど」

という臨也の言葉を聞き、すぐさま悲鳴を引っ込めた。

臨也は満足げに笑みを浮かべ、帝人の柔らかな唇にちゅっと口づけを落とす。
触れ合わせるだけでなく、唇を舐められたり食まれたりとしつこいキスに帝人は翻弄される。途中、うまく息が出来ずに迂闊にも口を開いてしまったが、幸いにも舌を入れられる事はなかった。その代わりとばかりに散々唇を吸われ、ようやく臨也が顔を離した頃には帝人の唇はすっかり腫れぼったくなっていた。
しれっと「ごちそうさま」などと言う臨也の横っ面を叩きたいところだが、生憎帝人は指の一本すら動かせない。
「一回って言ったくせに何回もキスしたんですから、それと引き換えに、正臣が来ている間臨也さんは絶対に一言も喋らないでください」という約束を取り付けるので精一杯だった。

2012.10.31 Yu.Mishima (初出:paper#5、2012.08.19)