真昼のキッチン



「紀田くんと俺が同じタイミングでそれぞれ窮地に陥っていたら、帝人くんはどっちを助ける?」

幅の狭いナイフで器用にじゃがいもの皮を剥きながら臨也は帝人に尋ねた。ところで話は変わるけど、くらい言ってくれても良いのではないかと思う程に脈絡がない。だが臨也の言動が唐突なのはいつもの事なので、帝人も今更面食らわない。突然何ですかと尋ねたところでまともな返事を貰えないことも知っている。

臨也の手元から目を離さずに帝人は質問に答えた。
「正臣です」

帝人の即答に臨也はむすっと顔を顰める。

「帝人くんは恋人よりも友達を取るって言うの?」

ナイフを操っている手に目に見えて力が籠っている。臨也が本気で怒っている時は絶対に感情を表に出さないようにするので、こうして不機嫌さをアピールしてくる時はまだ良いほうだ。
だって、と帝人は安心して自分の判断を正当化する理由を挙げる。

「臨也さんが切り抜けられないような状況を僕なんかがどうにか出来ると思いますか? 相手が正臣なら、まだ助けられる可能性がありますけど」

ただしその窮地というのがどちらも同じものなら、きっとどちらも助けられない。だが助けられないと分かっていても、自分は臨也ではなく正臣を助けようとするのではないか。帝人はそう思ったが口にはしなかった。言ったが最後、じゃがいもの皮を剥いているそのナイフで唇を切り落とされるかもしれない。それこそじゃがいもの皮を剥くように、ワンストロークで。

「君は俺を過大評価し過ぎだし、自分を過小評価し過ぎ」
そうかなあと帝人は胸の内で独りごちた。
不服そうな帝人をしり目に臨也は次のじゃがいもに取り掛かる。この鮮やかな手さばきが帝人はとても好きで、今のところ特に手伝う事はないのに臨也の隣に立って彼がじゃがいもの皮を剥いていくところをずっと見ていた。よく飽きないねと臨也は笑うが、こればかりは何度見ても飽きる気配はなかった。いつか魚をさばくところも見てみたいと思っているのだが、生憎その機会は一向に訪れない。

「質問が悪かったかなあ。じゃあさ、紀田くんと俺が同時に崖から落ちそうになってたらどうする?」
「静雄さんに連絡します」

やはりこれも即答だった。
どんな会話をしていても止まることのなかった臨也の右手がぴたりと動きを止める。

「何それ、俺に死ねって事?」
「静雄さん、緊急事態だとしても臨也さんを引き上げてはくれませんかね?」
「引き上げないし、引き上げられたくもない」
「だったら静雄さんに正臣を引き上げてもらって、臨也さんは正臣と僕のふたりで引き上げます」

これで万事解決と帝人は満足げ。
臨也は再び右手を動かし出した。

「……帝人くんて、ホントに俺のこと好きなの?」
「臨也さんを心底嫌っている親友に、一緒に臨也さんを助けてほしいとお願いしちゃうくらい好きですよ」
「帝人くんの愛情表現は回りくどい」
「だって僕の力じゃ臨也さんを引き上げられません。一緒に落ちちゃいます」
「いいじゃん。心中、どんとこい」

臨也は冗談のように言うが、半ば本気に聞こえてしまうところが恐ろしい。とりあえず帝人は視線を臨也の手元に向けたまま苦笑を返した。しゅっ、しゅっ、と薄く長いじゃがいもの皮が落ちてゆく様子を見て、帝人はふと思った事を口にする。

「仮定の話だから今はあれこれ考える事が出来ますけど、実際にそういう場面に立ち会ったら、自分がどういう行動に出るのか正直よく分かりません。でも頭で考えるよりも先に身体が動くんじゃないかなって気がします」

正臣を助けようとするのではと思いつつも、土壇場で臨也の手を取るような、そんな気がした。

ふうん。さも気のない返事をする臨也だが、まな板の上に落ちたじゃがいもの皮は不格好な短いものだった。




「どうかしました?」
「どうもしてないし」

2012.01.30 Yu.Mishima