異星間コミュニケーション



「俺、実は金星人なんだ」


折原臨也の突飛な言動は今に始まったことじゃない。女子高生の携帯を踏みつけたり、チンピラの頭を月代にしたり、エアバイクをしたりと、とにかく挙げ出したらキリがない。だから鍋料理店でふたりで食事をしている最中に臨也さんが「金星人」発言をしても驚か――……いや、うん、驚くけれど。
でも先に挙げた例に比べると全然マシだ。

(金星人……金星人か……)

そんな漫画なかったっけ。
ヒロインの女の子が自分は金星人だと頑なに主張するギャグ漫画。まあ実際にその女の子は金星人な訳だが、あれは話そのものがフィクションだ。それにあのヒロインの子は金髪でビジュアルに説得力があるけれど、臨也さんは黒髪でまったく説得力がない。そういえばヴィーナスからの連想で金星人のイメージは美女が多いってどこかで読んだ気がする。確かに臨也さんは容姿端麗だけど、それだって臨也さんが金星人であるという根拠にはならない。

「金星人? 火星人の間違いじゃないですか?」
「帝人くんひどい! 俺をあんな下等生物と一緒にするの! ?」
「臨也さんこそ、下等生物って言い方はひどいんじゃないですか?」
「だってさー、あいつら知能はそれなりに高いけど見た目タコだよ? タコ。擬態する能力がないから他の星に行ってもタコのままだし、それ以前に身体弱過ぎ」
「それ明らかに元ネタ『宇宙戦争』ですよね」

野菜を摘まみながら冷めた目を臨也さんに向ける。

「でもリトルグレイよりタコのほうが可愛くて僕は好きです。火星人て本当にみんなあの外見なんですか?」

夕飯を御馳走して貰っている身分なので、あんまり冷たい態度を取るのも失礼かと思って試しに与太話に乗ってみた。
すると臨也さんは思いっきり顔を顰めた。

え、なんで。

「何で帝人くんあいつらに興味持ってんの。好きとか言ってさー、俺に火星人滅ぼさせたい訳? リアル宇宙戦争見てみたい? 君のせいで星がひとつ消滅しちゃうね」
「やめてくださいよ! ?」

真顔なところが怖ろしい。臨也さんが言うと洒落にならない感じがする。まあ金星人だ火星人だのの段階で冗談でしかあり得ないのだが。

「なに? あいつらのこと庇うの?」

僕の必死な態度が気に食わなかったらしく、臨也さんの機嫌はさらに悪くなった。
このままじゃ不味いことになること請合いだ。

「……臨也さん、はい、あーん」

苦肉の策として臨也さんに肉を食べさせるという手に出る。むすっと顔を顰めつつも臨也さんは素直に口を開けた。

「こんなんじゃ誤魔化されないからね」
「誤魔化されてください」

今度は白菜を口に運ぶ。

「野菜より肉が良い」
「はいはい」

もう一度肉を臨也さんに食べさせた。
ここが個室で良かった。個室じゃなかったらこんなこと出来ない。
さっきまでくっきりと刻まれていた臨也さんの眉間の皺は取れていた。なんだかんだで誤魔化されてくれたみたいだ。

「でも帝人くん、俺の言ってること疑ったりしないんだね」
「……それって金星人云々のくだりのことですか?」
「うん」
「そうですね、普通の人間だって言うより宇宙人って言うほうが信じられますよ」

そっか、と言う臨也さんの顔はどこか嬉しそうだ。おかしいな。今のは皮肉のつもりだったのに。臨也さんが喜ぶポイントっていまいちよく分からない。

「でもさ、俺が異星人で帝人くんは困ったりしない?」
「こうして円滑にコミュニケーションを取れるんですから、臨也さんが異星人でも別に問題ありません」

まあ、言葉が通じてないなあって思う時は多々ありますが――という言葉はもちろん口にはしなかった。
臨也さんが地球人だろうと異星人だろうと僕が困らされることに変わりはない。だから、「異星人だから」というのは僕が困る理由にはならない。

「そうだよね! !」

臨也さんはそう言って相好を崩した。その喜びようはあまりに大きくて、口に含んでいた白米を思わず丸呑みしてしまう。

「そうだよね、そうだよね! 生まれた星の違いなんて、愛し合ってるふたりにとってはちっぽけな問題だよね!」

いや結構重要な問題だと思います。

と言うか臨也さんの言う「愛し合ってるふたり」って誰と誰を指すのだろう……――って、僕を見つめる臨也さんの熱っぽい目を見れば一目瞭然か。うん。

愛し合った覚え、ないんですけど。

「ああ、嬉しいなあ! 帝人くんも俺と同じ気持ちだったなんて!」

興奮した様子の臨也さんは僕の困惑なんてお構いなしに「嬉しいなあ嬉しいなあ」と言ってにこにこしている。
どうしたものかと考えていたら、臨也さんはおもむろに立ち上がった。そして突然の行動にきょとんとしていた僕を抱え上げてしまう。その動きがあまりにも素早くスムーズだった為にろくに抵抗出来なかった。

「えっ、ちょっ、臨也さん! ?」
「このまま金星に行こう! 金星! 俺の両親に帝人くんのこと紹介する! 帝人くんのご両親に挨拶に行くのはまた後日改めてね」
「臨也さん実は酔ってるでしょ! ? 酔ってるんですよね! ?」

テーブルの上にアルコールの類はないけれど、酔っているとしか思えない。素面でこの発言は相当危ないだろう。

「すぐに着くから大人しくしててね」
そう言って臨也さんが人差し指に嵌めている指環をちょいちょいと弄った次の瞬間――


「……え」


僕の目の前には見知らぬ風景が広がっていた。
「どこですかここ……荒野……?」
真っ青な空の下、思わず呆然としてしまう。ここは鍋料理店じゃなかったっけ。今は夜じゃなかったっけ。僕は夢でも見ているのだろうか。
その答えを求めて、無言で臨也さんを振り仰ぐ。

「俺の母星にようこそ、帝人くん」

臨也さんは蕩けるような笑顔を僕に向けてきた。

「え、臨也さんて本当に金星人なんですか……?」

(――どうしよう)

心のどこかでこの展開を楽しんでいる自分がいる。臨也さんに負けず劣らず僕も相当危ない。ドキドキと胸が騒いだ。

「国が違う者同士の結婚は国際結婚て言うけどさ、星が違う者同士の結婚は何て言うんだろうね?」

その発言に違う意味でドキっとした。
結婚て何! ? この人何言ってるの! ?
僕はよっぽど不安げな顔をしていたのだろう。臨也さんは縋るような表情で「大丈夫、心配しないで! 絶対幸せにするから!」と言ってきた。


円滑にコミュニケーション取れてるって言ったけど、前言撤回するべきかもしれない。

明らかに、意思の疎通に問題アリ。


2011.06.13  Yu.Mishima (初出:paper#1、2011.06.12)