315、受難の日



「ルルーシュ、はいこれ」

その言葉とともにスザクから手渡されたのは綺麗にラッピングの施された何かであった。「えっ」と声を上げつつも反射的にそれを受け取ってしまう。どうやら黄色い包みの中身は缶らしいが、その缶の中身までは分からない。
「何だ?」尋ねると、スザクはへにゃっと相好を崩してこう答えた。

「お返し」
「お返し?」
「昨日はホワイトデーでしょ?」

なるほど。
確かに今日は三月十五日、十四日の昨日はホワイトデーである。だがスザクがなぜホワイトデーだからと言って自分にお返しを贈ったのか、ルルーシュにはその意図が分からなかった。
だってルルーシュはバレンタインデーにスザクに何かを贈った覚えがない。バレンタイン当日に手作りのチョコ菓子を生徒会で振舞ったのは確かだが、ちょうどスザクは軍の仕事があって前後五日間ほど学園を休んでいた。あげたことを忘れているなんてことは、記憶力が桁違いに良いルルーシュに限ってありえない。それとも何か記憶違いでもしていたのだろうか。ルルーシュは小首を傾げる。
「おまえにチョコなんてやったか?」
するとスザクはぶんぶんとかぶりを振った。
「ううん、貰ってないよ」

その答えに目を丸くしたのはルルーシュだ。バレンタインのやり取りがなかったことをスザク自身分かっているのに、なぜ「お返し」と称して物を渡してくるのだろう。
ルルーシュは理由を訊こうとするが、そのまえにスザクが口を開いていた。

「ルルーシュってホント大和撫子だよね!」
「は?」

ルルーシュは面食らった。この会話の流れでどうして大和撫子なんて単語が出てくるのか意味が分からない。いくら空気読めない・読まないスザクとはいえ、この脈絡のなさはちょっとひどい。そのうえスザクはさらに単語を重ねてきた。

「奥ゆかしくって、慎ましやかで、はにかみ屋で」

奥ゆかしい? 慎ましやか? はにかみ屋?

……誰が?

それはおまえの大いなる誤解だと即座に訂正を入れたいところなのだが、恍惚状態のスザクの耳にはルルーシュの言葉など入らない。ぽっと頬を染め、瞳を輝かせ、嬉しそうにルルーシュを讃えている。スザクの羅列する言葉はどれもこれも寒気が走る類いのものだった。あまりの寒さに鳥肌が立ちそうだ。素直に褒め言葉として受け取れない。だって大半の言葉は自分からあまりにかけ離れている。
今まで友人は自分をこんな風に思っていたのかと思うと、やるせなくて涙が出てきそうである。そのうえホワイトデーのお返しとバレンタインと大和撫子がどう関係あるのか未だに分からない。ルルーシュの思考力をもってしても答えが弾き出せないでいる。読み解くことの出来ないスザクの思考回路にルルーシュはだんだん恐怖を抱き始めてきた。
「スザク……」恐る恐る話しかけてみると、やっと語彙が尽きたのかスザクは「なに?」と返してきた。
「今の話、俺がバレンタインにチョコをやらなかったこととどう関係あるんだ?」
回りくどい言い方をせずに直球で尋ねる。というか意味が分からなさすぎてこれ以外に尋ねようがなかったというのが正解だが。

「恥ずかしかったんでしょ?」
「は? 恥ずかしい?」
「ルルーシュってば照れ屋だから、バレンタイデー当日にチョコ渡すなんて大胆なこと出来なかったんでしょ?」

「……は?」
ルルーシュはそう返すだけで精一杯だった。斜め上をゆくスザクの発言を聞いて瞬時に思考が凍り付いてしまったからだ。
なぜ、なぜバレンタインにチョコをあげなかったことをスザクはそんな風に解釈したのだろう。というかバレンタインにチョコをあげる行為が大胆なのかどうかという疑問もある。それともニッポン人はみんな、チョコをあげるなんて大胆だと思っているのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。ブリタニア侵略以前からニッポンにもバレンタインデーにチョコをあげる風習があった。そもそもバレンタインにチョコをあげるという行為はブリタニアよりもむしろニッポンの(菓子業者が作り上げた)文化と言える。だから大胆だなんてニッポン人みんなが思っていることはきっとない。
あるいはスザクは自分が思っていたよりもずっと奥手な人間なのだろうかと考えていたら思いも寄らぬ発言がスザクの口から飛び出た。

「だから一週間遅れでチョコくれたんだよね?」

バレンタインの一週間後。二月の二十一日。確かその日久々にスザクが家に寄ってきたのだ。そしてその頃ちょうどナナリーがホットチョコにハマっていたため、作ったついでにスザクにもホットチョコを差し出したのだが――

(アレか!?)

もしやあのホットチョコをスザクはバレンタインのチョコと勘違いしているのだろうか。

「嬉しかったよ、まさかルルーシュが僕にチョコくれるなんて……」

こっちこそ、まさかである。まさか本当にバレンタインのチョコと勘違いしているとは……。ルルーシュは疲れのあまり少し項垂れる。

「僕も同じ気持ちだから!」
「ん?」
「ホント夢みたいだよ、君と両思いだったなんて」

スザクは嬉しそうに語っているが、ルルーシュは雷に打たれたような衝撃を受けていた。

(――りょ、両思いだと……?)

わなわなと身体が震えてくる。ただの飲み物として出したホットチョコをバレンタインのチョコと勘違いされ、あげくにそれを本命だと思われていたなんて……。そのうえスザクのなかだけで何か完結してしまっている。これは訂正はきくのだろうか。あれは単にナナリーが好んで飲んでいたものだからついでに出しただけで他意などなかったのだと。おまえのことは好きだが、それはあくまでライクであってラブではないのだと。

「それでね、次の休日は軍のほうも休み取れそうだから早速デートしない? プランは僕に任せてね。えへへ、先月からずっと考えてたんだ」
「うっ、えっ、あっ、ああ……」

あのホットチョコはバレンタインとは無関係だ!

結局その一言が言い出せずに、ルルーシュは恋人としてのデートの約束を取り付けられたのだった。


2011.07.11  Yu.Mishima (初出:paper#2、2009.03.15)